一般外科

胃バンド手術のリスク

胃バンド手術(ラパロスコピック調節型胃バンド術)は、肥満治療のために実施される外科的手法のひとつであり、摂取カロリーの制限によって体重を減少させることを目的としています。しかし、この手術には多くの利点がある一方で、無視できない数多くの合併症や長期的な健康被害のリスクも存在します。本稿では、胃バンド手術に伴う医学的・心理的・社会的な悪影響を科学的かつ包括的に解説します。


胃バンド手術の概要と手技

胃バンド手術は、腹腔鏡下で胃の上部に調整可能なシリコン製のバンドを装着し、胃の容積を人工的に小さくする手術です。この操作により、患者は少量の食事で満腹感を得ることができ、結果として体重減少を促進します。バンドの内径は生理食塩水の注入量によって調整され、術後も外来での管理が可能である点が特徴とされています。

しかし、この術式は「制限型減量手術」として分類されるため、脂肪吸収自体を妨げる効果はなく、患者の食習慣や生活習慣への依存度が高いという特性を持っています。


医学的なリスクと合併症

1. バンドの移動・滑脱

術後最も頻繁に報告される問題のひとつが、胃バンドの位置ずれ(スリップ)です。バンドが設置された位置から胃下部へ移動することで、胃壁への圧迫が増し、嘔吐、嚥下困難、食道炎などを引き起こす可能性があります。滑脱が起きた場合、多くは再手術が必要となります。

2. 食道拡張と嚥下障害

長期的なバンドの締め付けによって、食道が徐々に拡張していくケースがあります。これにより、逆流性食道炎(GERD)や慢性的な嚥下困難、胸焼け、食道けいれんなどの症状が出現し、生活の質を著しく低下させることが報告されています。

症状 発症率の目安 対応策
食道拡張 約15〜25% バンドの緩和・除去
嚥下困難 約20% 内視鏡的評価・バンド調整
胃食道逆流 約30% 抗酸薬の使用・生活習慣の改善

3. 感染症と穿孔

バンドを支えるポート(皮下に設置される装置)やバンド自体に細菌感染が生じることがあります。これは皮膚の発赤、膿瘍形成、発熱といった症状を引き起こし、場合によってはバンドの取り外しや抗菌薬の投与が必要となります。また、バンドが胃壁を穿通してしまう(穿孔)と、緊急手術を要する深刻な事態となります。

4. 栄養障害

胃バンド手術は胃の容積を制限することで摂食量を減少させるため、特定の栄養素(特にたんぱく質、鉄、ビタミンB群など)の不足を招きやすくなります。栄養障害によって脱毛、貧血、筋力低下、集中力の低下などが生じるリスクがあります。特にビタミンB12欠乏は、末梢神経障害や記憶障害といった神経学的問題へと進展することがあります。


心理的・精神的影響

手術による身体的変化が想定通りに進まない場合、患者は不満感、自己嫌悪、または抑うつ状態に陥ることがあります。さらに、体重減少によって外見が変化することが、他者からの評価や社会的期待との間で葛藤を引き起こすこともあります。特に、過去に摂食障害を抱えていた人にとっては、再発の引き金になる可能性も否定できません。


社会的・生活上の影響

1. 食生活の制限と社会的疎外

胃バンド手術後は、特定の食品(繊維質の多い野菜、炭酸飲料、硬い肉など)を避ける必要があります。また、食事のたびに非常にゆっくりと咀嚼し、少量ずつ食べなければならないため、外食や友人との食事の場でストレスを感じやすくなります。このような状況が続くと、社会的孤立感や人間関係の摩擦を招くことがあります。

2. 継続的な医療費負担

胃バンドは一度設置すれば終わりというわけではなく、定期的なバンド調整や合併症のチェック、血液検査などが必要です。そのため、長期的には多くの医療費と通院時間がかかることになり、経済的な負担となることもあります。


再手術のリスクと長期予後

研究によると、胃バンド手術を受けた患者のうち約20〜30%が、何らかの理由で再手術を受ける必要があると報告されています(O’Brien et al., 2013)。再手術の理由には、バンドの移動、感染、効果不十分などが含まれます。また、最終的にバンドを取り除き、スリーブ状胃切除術やルーワイ胃バイパスなど、より侵襲的な手術に移行するケースも少なくありません。


胃バンド術の代替療法

胃バンド手術に伴うリスクを考慮すると、非外科的な代替手段への関心が高まっています。以下は代表的な代替療法です:

  • 内視鏡的バルーン挿入:胃内に一時的なバルーンを挿入し、満腹感を得やすくする方法。バンドよりも可逆性が高い。

  • 薬物療法:GLP-1作動薬(例:セマグルチド)などの新薬が肥満治療に有望。

  • 生活習慣療法:栄養指導、心理的サポート、行動療法を組み合わせた包括的アプローチ。


結論

胃バンド手術は、一見すると安全で可逆的な減量手術のように思われがちですが、実際には多くの身体的、心理的、社会的リスクを伴います。特に長期的なバンド使用は、食道や胃に深刻な障害を引き起こす可能性があり、再手術やバンド除去を必要とするケースも多く見られます。

減量を目指す際には、外科的手術のみを選択肢とせず、食事療法、運動、心理的支援、薬物療法などを総合的に活用することが望ましいです。医療従事者との十分な相談の上で、身体だけでなく心と生活全体にとって最善となる治療法を選ぶべきです。


参考文献

  1. O’Brien PE, et al. “Long-term outcomes after bariatric surgery: 10–15 year follow-up of adjustable gastric banding.” Annals of Surgery. 2013.

  2. Dixon JB, et al. “Adjustable gastric banding and conventional therapy for type 2 diabetes: a randomized controlled trial.” JAMA. 2008.

  3. Ponce J, et al. “Safety and effectiveness of the Lap-Band system in the treatment of obesity: a multicenter experience.” Surgical Endoscopy. 2005.

  4. Australian Safety and Efficacy Register of New Interventional Procedures – Surgical (ASERNIP-S), “Laparoscopic Adjustable Gastric Banding.” Review 2012.


この情報が、日本の読者の皆様の健康意識と選択の参考となることを願っております。

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