胆嚢(たんのう)、すなわち「胆のう」は、人体の消化系において非常に重要な役割を担っている小さな臓器である。右上腹部、肝臓のすぐ下に位置するこの器官は、肝臓で生成される胆汁(たんじゅう)を一時的に貯蔵・濃縮し、食物の摂取時に小腸へと分泌することで、特に脂肪の消化を助ける役割を果たしている。本稿では、胆嚢の構造、機能、胆汁との関係、消化への影響、さらには胆嚢に関連する疾患やそれが消化に及ぼす影響について、最新の研究知見を基に包括的に解説する。
胆嚢の解剖学的構造と胆汁の流れ
胆嚢は長さ約7~10センチメートル、容量約30~50ミリリットルの洋梨型の袋状器官である。その壁は粘膜、筋層、漿膜から構成され、内腔は胆汁の貯蔵と濃縮に適した構造を持つ。胆嚢は「胆嚢管(たんのうかん)」を通じて「総肝管(そうかんかん)」と合流し、さらに「総胆管(そうたんかん)」となって十二指腸へと繋がっている。

胆汁は肝臓で常時産生されており、食物が存在しない空腹時には胆嚢に貯蔵される。食物が胃から十二指腸に送られると、消化ホルモン「コレシストキニン(CCK)」の分泌が促される。これが胆嚢を収縮させ、胆汁を十二指腸に送り出すきっかけとなる。
胆汁の組成と消化への役割
胆汁は複雑な液体であり、以下のような成分を含んでいる:
成分 | 役割 |
---|---|
胆汁酸 | 脂肪の乳化とミセル形成を助け、リパーゼによる分解を促進する |
リン脂質(主にレシチン) | 胆汁酸と共にミセルを形成し、脂溶性ビタミン(A、D、E、K)の吸収を促す |
コレステロール | 胆汁の主要な脂質成分の一つ。過剰な場合、胆石の原因となる |
色素(ビリルビン) | 赤血球の老廃物で、胆汁に色を与える。腸内細菌によって変化し、便に色を付ける |
水分・電解質 | 胆汁の流動性とpH調整を担う |
胆汁酸は特に重要で、脂肪を細かい粒子に分解(乳化)し、膵臓から分泌されるリパーゼが効率的に作用できるようにする。これにより、脂肪酸とモノグリセリドに分解され、小腸粘膜から吸収される。
胆嚢の消化における生理的役割
胆嚢は、以下の3つの点で消化プロセスに重要な影響を及ぼしている:
-
胆汁の濃縮と貯蔵
肝臓で絶えず分泌される胆汁を濃縮し、食物の摂取に合わせて適切な量を十二指腸に放出することで、無駄なく胆汁を使用する。 -
食後の胆嚢収縮とタイミングの調整
食物が胃から小腸へ到達すると、消化ホルモンの働きによって胆嚢が収縮し、必要なときに必要な量の胆汁を供給する。これにより、脂肪分の高い食事でも効率的に消化吸収が可能となる。 -
小腸のpH調整への関与
胆汁には重炭酸イオンも含まれており、胃酸で酸性になった内容物を中和し、膵酵素が最適に働くpH(中性~弱アルカリ性)に調整する役割もある。
胆嚢機能の異常とその影響
胆嚢に関する疾患は数多くあり、消化に深刻な影響を及ぼすことがある。代表的なものには以下が挙げられる:
疾患名 | 症状・特徴 | 消化への影響 |
---|---|---|
胆石症 | 胆嚢内に結石が形成され、痛みや閉塞を引き起こす | 胆汁の流れが阻害され、脂肪消化が困難になる |
急性胆嚢炎 | 胆嚢の炎症。細菌感染や胆石による刺激が原因 | 胆嚢の収縮機能が低下し、胆汁の分泌が不十分になる |
胆嚢機能低下症 | 胆嚢の運動が鈍く、胆汁の排出が不十分 | 食後の胆汁分泌が遅れ、脂肪の消化吸収に支障をきたす |
胆嚢摘出後症候群 | 胆嚢を手術で取り除いた後に起こる症状群 | 胆汁が断続的ではなく連続的に腸に流れることで、下痢や吸収障害が生じることがある |
胆嚢摘出後の消化と体への影響
胆嚢を摘出した患者では、胆汁が肝臓から直接十二指腸に流れ続けることになるため、食後の急激な脂肪摂取に対する対応力が低下する。また、胆汁の濃縮が行われないため、希釈された胆汁による脂肪乳化能力がやや劣る。このため、脂質の消化効率が低下し、脂溶性ビタミンの吸収にも影響を及ぼす可能性がある。患者には、以下のような食事指導が行われることが多い:
-
脂肪分の摂取量を制限し、少量を頻回に摂取する
-
食物繊維を十分に摂ることで胆汁酸の再吸収を助ける
-
吸収不良によるビタミン不足を予防するためのサプリメント摂取
最新研究と胆嚢の代替的役割
近年の研究では、胆嚢が単なる胆汁の貯蔵庫であるだけでなく、免疫や腸内フローラとの関係にも関与している可能性が指摘されている。たとえば、胆嚢内の粘膜には免疫細胞が存在し、腸内細菌とのバランス維持に寄与しているとの報告がある(Wang et al., 2021, Gastroenterology)。また、胆汁中の成分が腸内環境を整える働きも持ち、腸内微生物叢の多様性に影響を与えることが知られている。
結論
胆嚢は、消化系において不可欠な存在である。特に脂肪の消化と吸収において、胆嚢が貯蔵・濃縮・放出する胆汁が中心的な役割を果たす。胆嚢の機能障害は、脂質代謝だけでなく、腸内環境や栄養素の吸収にも波及的影響を及ぼす。胆嚢を失っても生命維持は可能ではあるが、その後の生活には食事の調整や医師の指導が不可欠となる。現代の栄養学と医学において、胆嚢と胆汁の働きを正しく理解することは、消化の健康を保つ上で極めて重要である。
参考文献:
-
Wang, Y. et al. (2021). “Gallbladder Immune Cells and Their Role in Biliary Function.” Gastroenterology, 160(3), 789-802.
-
Carey, M.C. et al. (2000). “Bile acids and bile secretion.” Physiological Reviews, 80(1), 71–210.
-
Ridlon, J.M. et al. (2014). “Bile salt biotransformations by human intestinal bacteria.” Journal of Lipid Research, 55(3), 433–443.
-
日本消化器学会 編『消化器病学テキスト』南江堂、2020年。