妊娠中の胎動は、母体にとって非常に重要な生理的サインであり、胎児の健康状態を反映する重要な指標でもある。特に妊娠後期、すなわち第3トリメスターに入る7ヶ月目(妊娠28週から31週頃)では、胎児の動きが活発化し、その頻度や強度は母体が明確に感じ取れるようになる。しかしながら、この時期に「胎動が弱い」「動かなくなった気がする」と感じることは、多くの妊婦が経験する懸念のひとつである。本稿では、妊娠7ヶ月目における胎動の変化およびその低下の原因を医学的・生理学的な視点から詳細に解説し、必要な対応策も包括的に示す。
胎動とは何か?そして7ヶ月目の胎児の特徴
胎動とは、胎児が子宮内で行う動き全般を指し、蹴る、回る、しゃっくりする、手足を伸ばすなどの一連の動作を含む。通常、胎動は妊娠18週〜25週の間に母体が自覚するようになり、妊娠28週以降はその頻度が増し、日々の健康チェックの一環として意識されるようになる。
妊娠7ヶ月目の胎児は、体重が1kg〜1.5kg、身長が約38cm程度に達しており、神経系や筋肉の発達が進み、外部からの刺激に対して反応を示すことができる。この時期は、睡眠と覚醒のリズムが形成され始める時期でもあり、それが胎動のパターンにも影響を与える。
胎動の減少の原因:生理的変化と病的要因
1. 胎児の睡眠周期の変化
7ヶ月頃の胎児は1日の大半(90〜95%)を睡眠に費やしており、そのうちの多くがレム睡眠(Rapid Eye Movement)と呼ばれる浅い眠りの状態である。睡眠周期は20〜40分間隔で変化しており、この間、胎動が感じられないことがある。これは正常な現象であり、胎児がしっかりと成長している証拠でもある。
2. 胎動の位置と母体の感受性
胎児の向き(胎位)や胎盤の位置(前壁胎盤の場合)によって、胎動の感じやすさに差が出る。例えば、前壁胎盤では、胎盤が胎児の動きをクッションのように吸収するため、胎動を感じにくくなる。また、母体の皮下脂肪の厚みも感受性に影響を与える。
3. 母体の活動状態
母親が忙しく動いているときや疲れているときには、微細な胎動に気づかないことがある。特に日中は仕事や家事に追われて胎動を意識する余裕がなくなり、結果として「動いていない」と感じる場合がある。反対に、夜寝る前など静かな時間に胎動を強く感じることが多い。
4. 栄養不足や脱水
母体の栄養状態が悪い、あるいは水分が不足していると、胎児の活動にも影響が出ることがある。ブドウ糖などのエネルギー源が不足すると、胎児は省エネルギー状態になり、胎動が減少する傾向にある。
5. 臍帯異常(へその緒の巻きつきや圧迫)
胎児の首や身体に臍帯が巻きついたり、圧迫されたりすることによって、血流が一時的に制限され、胎動が減少する可能性がある。これは超音波検査で診断が可能であり、放置すると胎児の健康に深刻な影響を及ぼすことがある。
6. 羊水量の異常
羊水が過剰または不足している場合も、胎動に影響を及ぼす。羊水過多では胎児の動きが自由になりすぎて胎動が感じにくくなり、羊水過少では動きが制限されて胎動そのものが減る可能性がある。
7. 胎盤機能の低下
胎盤が老化していたり、血流が低下していると、胎児に十分な酸素や栄養が届かなくなり、その結果として胎動が弱くなる。このような場合には、NST(ノンストレステスト)や超音波ドプラ検査などで胎児の状態を評価する必要がある。
8. 胎児発育遅延(FGR)
FGR(Fetal Growth Restriction)は、胎児が妊娠週数に比して明らかに小さい状態で、胎盤機能不全や母体疾患(高血圧、糖尿病など)に起因することが多い。FGRの胎児はエネルギーを節約するために動きが少なくなり、胎動が弱まる傾向にある。
胎動が少ないと感じた場合のチェック方法
胎動が少ないと感じた際には、まず次のような簡単なセルフチェックを行うことで、状況を客観的に把握できる。
胎動カウント(10カウント法)
以下の表のように、胎動の頻度を記録することで、異常の有無を判断する一助となる。
| チェック時間帯 | 胎動が10回に達するまでの所要時間 |
|---|---|
| 午前10時開始 | 例:35分 |
| 午後1時開始 | 例:40分 |
| 午後6時開始 | 例:25分 |
1時間以内に10回以上の胎動を感じることが理想とされており、2時間以上かかる場合には医師に相談が必要である。
医療機関を受診すべきサイン
以下のような状況が見られる場合は、速やかに産科医療機関を受診すべきである。
-
24時間以上胎動をまったく感じない
-
明らかに以前より胎動の強さや頻度が減った
-
胎動が不規則でリズムがバラバラ
-
下腹部痛や出血を伴う場合
-
母体の異常(高血圧、浮腫、頭痛など)を伴う
これらのサインは、胎児の健康状態の悪化、場合によっては子宮内胎児死亡のリスクも含まれるため、決して自己判断せず、医師の診察を受けることが最も重要である。
胎動を促すための生活習慣と予防策
-
十分な休息と睡眠:母体がリラックスすることで、胎児の動きが感じやすくなる。
-
食後の安静:食後1〜2時間後が胎動を感じやすいタイミングであり、この時間帯に静かな環境で横になると効果的。
-
仰向けではなく左側を下にして横になる:これにより胎盤への血流が増し、胎児の活動が活発になる可能性がある。
-
音楽や語りかけ:胎児は聴覚が発達しており、母親の声や音楽に反応して動くことがある。
-
糖分を含む軽食の摂取:低血糖状態の改善により、胎児の活動が回復する場合がある。
結論
妊娠7ヶ月における胎動の減少は、多くの場合が生理的な変化に由来する一時的な現象であり、必ずしも異常とは限らない。しかし、胎児の健康状態を左右する重要なサインでもあるため、母親自身が日々の胎動を把握し、異常を早期に察知することが非常に重要である。自己判断ではなく、少しでも不安を感じたら医師に相談し、必要な検査や対応を受けることで、母子ともに健康な妊娠生活を送ることができる。
参考文献
-
日本産婦人科学会『産科診療ガイドライン 2023』
-
国立成育医療研究センター「胎動と胎児の健康の関係」
-
World Health Organization. “Reduced fetal movements.” WHO Pregnancy Guidelines, 2022.
-
Royal College of Obstetricians and Gynaecologists. “Reduced Fetal Movements.” Green-top Guideline No. 57. 2019.
