脳波(のうは)検査とは何か:完全かつ包括的な解説
脳波検査(のうはけんさ、Electroencephalography:EEG)は、脳の電気的活動を記録する非侵襲的な医療検査であり、神経科学、臨床神経学、精神医学など多くの分野で不可欠な技術である。この検査は、脳の機能や異常の評価に用いられ、てんかん、睡眠障害、脳炎、頭部外傷、脳腫瘍、認知症、昏睡状態などの診断や経過観察に活用される。以下では、脳波検査の仕組み、歴史、臨床的意義、技術的側面、検査の流れ、結果の解釈、限界、そして最新の応用分野に至るまで、科学的かつ詳細に解説する。

脳波の基本的な仕組み
脳は膨大な数のニューロン(神経細胞)から構成されており、これらが互いに電気信号を使って情報を伝達する。この活動は微弱な電位変化を生み出し、これが頭皮にまで到達する。脳波検査では、この頭皮に現れる電気的活動を電極を通して記録する。
電極は、頭部に特定のパターン(国際的には「10–20法」と呼ばれる標準配置)で装着され、増幅器を通じて信号が増幅され、デジタル化された後に記録される。脳波は通常、以下のような周波数帯に分類される:
周波数帯 | 周波数範囲(Hz) | 特徴と意味合い |
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δ波(デルタ波) | 0.5–4 | 深い睡眠状態、脳障害時に異常出現 |
θ波(シータ波) | 4–8 | 睡眠初期、瞑想、覚醒度の低下 |
α波(アルファ波) | 8–13 | 安静時の覚醒状態、目を閉じている時に多い |
β波(ベータ波) | 13–30 | 注意、集中、精神活動の活発化 |
γ波(ガンマ波) | >30 | 高次認知機能、意識、記憶統合など |
歴史的背景
脳波の概念は20世紀初頭に始まった。1924年、ドイツの精神科医ハンス・ベルガー(Hans Berger)が人間の脳波を初めて記録した。彼は「アルファ波」を発見し、脳が生体電気的な活動を持つことを初めて科学的に示した。この発見により、精神医学と神経科学における新たな時代が幕を開けた。
以降、脳波検査は神経疾患の診断に欠かせないツールとして発展し、特にてんかんの診断では金字塔的な役割を果たす。
臨床的応用
てんかんの診断
脳波検査の最も一般的かつ重要な応用は、てんかん(癲癇)の診断である。てんかん患者では、特有の異常脳波(棘波、鋭波、スパイク&ウェーブ複合など)が観察される。これにより、てんかんの型(焦点性、全般性)、発作の焦点部位、治療反応などを客観的に評価することができる。
睡眠障害の評価
睡眠時無呼吸症候群、ナルコレプシー、周期性四肢運動障害などの診断には、脳波を含むポリソムノグラフィー(PSG)と呼ばれる睡眠検査が用いられる。脳波は睡眠段階の分類(N1、N2、N3、REM)に不可欠な情報を提供する。
昏睡や意識障害の評価
脳死判定や重度の意識障害患者の脳機能の残存を評価するために、脳波検査は重要な手段となる。活動の消失、平坦波、バースト・サプレッションパターンなどが観察される場合、脳の予後判断に有用である。
技術的な側面
検査の手順
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準備:頭皮に電極を装着する。必要に応じてジェルやペーストを用いて接触抵抗を下げる。
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記録:通常20~40分間にわたり、安静時、開眼・閉眼、深呼吸、光刺激(光感受性てんかんの評価)など、様々な条件下で記録する。
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解析:波形の周波数、形状、左右差、同期性、異常波の有無などを専門医が解析する。
装置と解析ソフトウェア
近年ではデジタル脳波計が主流であり、アーティファクト(筋電図、心電図、瞬きなど)の除去や、周波数解析(フーリエ変換)、マッピング(脳波地図)、時間周波数解析など、高度な処理が可能になっている。
検査結果の解釈
脳波の正常範囲は個人差が大きく、年齢や覚醒状態によっても異なる。例えば、乳児ではデルタ波が優勢であり、成長とともにアルファ波が出現する。正常脳波の例として、閉眼時の後頭部優位の8〜13Hzのアルファ波が挙げられる。
一方、異常脳波には以下のようなタイプがある:
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棘波(スパイク):てんかんに特異的
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徐波(スローウェーブ):局所脳障害や脳炎
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周期性放電:クロイツフェルト・ヤコブ病などでみられる
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無活動(アイソエレクトリック):脳死の可能性
脳波検査の限界と注意点
脳波検査は一時的な脳活動のスナップショットに過ぎず、異常が検出されないからといって正常とは限らない(偽陰性)。特に発作の間欠期では異常波が現れないこともあるため、必要に応じて長時間脳波(24時間以上)やビデオ脳波モニタリングを行うことが推奨される。
また、筋肉の緊張、電気機器の干渉、目の動きなどによりアーティファクト(検査上の誤差)が入りやすいため、技師と医師の熟練が必要である。
最新の応用と未来の展望
近年、脳波は従来の診断に加え、以下のような先端分野でも注目されている。
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ブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI):脳波を使ってコンピュータや機器を操作する技術。四肢麻痺患者の補助技術として研究が進んでいる。
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神経フィードバック療法:脳波をリアルタイムでフィードバックし、集中力やリラクゼーションを促す治療法。ADHDや不安障害への応用が期待されている。
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人工知能による脳波解析:ディープラーニングや機械学習により、てんかん焦点の自動検出や脳疾患の予測精度が飛躍的に向上している。
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ウェアラブル脳波計:ヘッドバンド型や耳装着型のEEGデバイスが開発され、日常生活における脳機能のモニタリングが可能に。
結論
脳波検査は、脳の機能的情報を非侵襲的に取得できる強力な診断ツールであり、神経学、精神医学、睡眠医学、リハビリテーション医学など多岐にわたる分野で活用されている。その有効性は長い歴史と臨床実績によって裏付けられており、今後もAIやBCIといった新技術との融合により、さらなる進化が期待されている。脳の不可視な活動を可視化し、人間の意識と行動の理解に貢献するこの技術は、まさに「心を読む窓」と言えるだろう。
参考文献:
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Niedermeyer, E., & da Silva, F. L. (2005). Electroencephalography: Basic Principles, Clinical Applications, and Related Fields. Lippincott Williams & Wilkins.
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日本臨床神経生理学会「脳波判読ガイドライン」
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Smith, S. J. M. (2005). EEG in neurological conditions other than epilepsy: when does it help, what does it add?. Journal of Neurology, Neurosurgery & Psychiatry, 76(suppl_2), ii8–ii12.
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篠原菊紀(2018)『脳波入門』講談社ブルーバックス