リサーチ

記述的研究法と分類

記述的研究法(記述的アプローチ)とその分類:包括的考察

記述的研究法、または記述的アプローチ(descriptive method)は、自然科学、人文科学、社会科学などあらゆる研究分野において、対象となる現象や事象をそのまま観察・記録し、特徴や状態、関係性を明らかにするための基本的な研究手法である。実験的操作を伴わず、ありのままの状態を観察・記述するこの方法は、現象の理解や問題の特定、仮説の生成に欠かせない出発点として位置づけられている。

この手法は、事実や観察された現象に基づく実証的証拠を収集し、パターンや傾向を明らかにすることに焦点を当てる。そのため、定量的アプローチと定性的アプローチの両方で活用され、現象の背景にある構造や関係性を深く掘り下げる基礎となる。


記述的研究法の定義と目的

記述的研究とは、「何が起こっているのか」を明確にし、その現象の「状態」「頻度」「特徴」「分布」などを把握することを目的とする。仮説の検証ではなく、現象の現状を明確に把握するために用いられ、以下のような具体的な目的を持つ:

  • ある現象の詳細な特徴を記録する

  • 状況の現状を体系的に把握する

  • 問題点や改善点の特定

  • 将来的な研究への足がかりとなる仮説の形成

  • 特定の変数や要因の存在と分布の確認


記述的研究法の基本的特徴

特徴 説明
操作的介入がない 研究者が対象に介入せず、自然な状態を記録する
観察・記録に重点を置く 何が起こっているのか、どのように起こっているのかを詳細に記述する
系統的かつ客観的なアプローチ 研究対象を偏りなく取り扱い、客観的な視点から分析する
定量・定性両方に対応可能 数値データにも、言語的・意味的データにも対応

記述的研究法の分類と種類

記述的研究には複数のアプローチが存在し、それぞれが異なる視点から現象を捉える。主な分類は以下のとおりである。


1. 観察的記述研究(自然観察)

概要:

現象や行動を自然な文脈の中で観察し、記録する。対象に一切介入せず、日常生活や通常の環境における振る舞いや状態を収集する。

例:

  • 小学校の授業中における児童の発言頻度の観察

  • 公園での親子の関わり方の記録

  • 動物行動学における群れの動態観察

利点:

  • 自然な行動が捉えられる

  • 長期的なパターンの把握に優れる

課題:

  • 観察者の主観が介入するリスク

  • 観察者効果(被観察者が意識することで行動が変化)


2. 調査的記述研究(サーベイ調査)

概要:

質問紙やインタビューなどを通じて、個人の意見、態度、行動、知識などを大規模に収集する方法。

例:

  • 国民の健康意識に関するアンケート調査

  • 学生の学習動機に関する自己評価調査

  • 職場のストレス要因に関するヒアリング

利点:

  • 大量のデータを効率的に収集可能

  • 統計的分析が可能で、分布や傾向を明確にできる

課題:

  • 回答の信頼性(虚偽や記憶違いのリスク)

  • 質問の構造によるバイアスの発生


3. 事例研究(ケーススタディ)

概要:

特定の個人、グループ、組織、事件など、限られた対象に焦点を当てて詳細に分析する手法。

例:

  • 特定の学校における教育改善プロジェクトの事例分析

  • ある企業の倒産要因に関する詳細研究

  • 障害児教育における成功事例の追跡調査

利点:

  • 深層的理解が可能

  • 背景要因や複雑な関係性の分析に適する

課題:

  • 一般化が困難

  • 主観的判断に左右されやすい


4. 文書・内容分析(ドキュメント分析)

概要:

文書、映像、写真、報告書、SNS投稿などの既存資料を分析し、特定の傾向や意味を導き出す手法。

例:

  • 新聞記事におけるある政治家の扱われ方の変遷分析

  • SNS上の災害情報の拡散パターンの分析

  • 教科書におけるジェンダー表現の変化の分析

利点:

  • 時系列での分析が可能

  • 客観的な証拠に基づく評価ができる

課題:

  • 資料の入手制限

  • 解釈の多義性や研究者の主観が介入するリスク


5. 横断的研究(クロスセクショナル・スタディ)

概要:

特定の時点における集団の特徴を把握するために用いられる。集団内での差異を分析することが主眼。

例:

  • 全国の大学生におけるSNS利用率の調査(2025年4月現在)

  • 地域ごとの高齢者介護満足度の比較

利点:

  • 時間やコストが比較的少なくて済む

  • 同時点での比較分析に有効

課題:

  • 因果関係の特定には不向き

  • 長期的変化を追えない


6. 縦断的研究(ロングチューディナル・スタディ)

概要:

同一の対象や集団を長期にわたって追跡し、変化のパターンや傾向を分析する。

例:

  • 幼児期から青年期にかけての言語能力発達の追跡研究

  • 長年にわたる企業の労働環境の変遷分析

利点:

  • 時間的因果関係の特定に優れる

  • 行動や意識の変化のプロセスを理解できる

課題:

  • 脱落者(ドロップアウト)のリスク

  • 長期的なリソースと管理が必要


記述的研究の実践における留意点

記述的研究を有効に行うためには、次のような留意点が重要となる:

  1. 明確な研究目的の設定:何を明らかにしたいのかを定義し、対象と方法を整合させる。

  2. 信頼性と妥当性の確保:観察者のバイアスを避け、統一された記録手法を用いる。

  3. 倫理的配慮:個人情報やプライバシーに関する保護、インフォームド・コンセントの取得が必要。

  4. 分析の透明性:データ分析過程を明確にし、再現性のある報告を行う。

  5. 研究の限界を自覚する:一般化の範囲、観察の制約を正しく記述する。


記述的研究の応用と意義

記述的研究は、教育、心理学、看護学、社会学、マーケティングなど多くの分野で応用されている。特に以下のような局面で重要な役割を果たす:

  • 政策立案の基礎データ提供:社会調査結果を基に施策の根拠を明確化

  • 教育現場の実態把握:教師の実践や学習環境の現状分析

  • 医療サービスの質評価:患者満足度やサービス提供状況の調査

  • 企業戦略の意思決定支援:顧客行動の傾向分析によるマーケティング戦略策定


結論

記述的研究法は、「現象を正確に知る」ための最も基礎的かつ不可欠な手法である。観察、調査、分析を通じて、仮説や理論を形成するための土台を築くものであり、科学的思考の出発点として機能する。その種類は多岐にわたり、目的に応じて適切に選択・応用されることで、高い学術的価値と実践的意義をもたらす。適切な倫理的配慮と方法論の吟味を通じて、信頼性の高い知見を社会に還元することが、研究者の使命である。


参考文献:

  1. 山内乾史(2021)『社会調査の基礎』有斐閣

  2. 佐藤郁哉(2016)『質的データ分析法』新曜社

  3. 木下武徳(2020)『教育研究入門』学文社

  4. Flick, U. (2018). An Introduction to Qualitative Research. SAGE Publications.

  5. Creswell, J. W. (2014). Research Design: Qualitative, Quantitative, and Mixed Methods Approaches. Pearson.

Back to top button