19世紀後半、特にフランスを中心に登場した「象徴主義(シンボリズム)」は、文学、詩、そして美術の世界において、非常に重要な位置を占める芸術運動となりました。象徴主義の登場には、いくつかの背景や要因が影響しており、これらの要因がこの新しい文学運動を形作る上で重要な役割を果たしました。以下では、象徴主義文学が登場した背景とその主要な原因について詳しく説明します。
1. 19世紀の社会・文化的変動
象徴主義が登場した19世紀後半は、政治的、社会的、そして技術的に大きな変革の時期でした。産業革命の影響で社会構造が大きく変化し、都市化が進んだことにより、新しい社会問題が顕在化しました。また、19世紀末のフランスでは、フランス革命の余波やナポレオン戦争後の不安定な政治情勢が続き、文学や芸術にもその影響が色濃く表れました。この時期、作家たちは社会の現実に対して失望し、過去の伝統的な文学形式や価値観に対して疑問を持つようになりました。

2. ロマン主義の影響と限界
ロマン主義は19世紀初頭から中期にかけて盛んだった文学運動であり、感情や個人の自由を重視し、自然や人間の内面的な側面を探求しました。しかし、ロマン主義が進む中で、その理想主義的な表現方法に限界を感じる作家たちが現れました。ロマン主義の過度な感情表現や自己中心的な視点に対して、もっと洗練された表現を求める声が高まりました。このような背景から、象徴主義はロマン主義からの一種の反発として登場したのです。
3. 自然主義とリアリズムへの反発
19世紀中頃に広がった自然主義やリアリズムは、社会の現実や人間の実生活を詳細かつ客観的に描写することを重視しました。しかし、これらの流派は人間の内面や精神的な世界を十分に表現することができないという批判を受けました。作家たちは、現実世界の物理的・表面的な描写にとどまらず、もっと深層的な象徴や感覚的な表現に価値を見いだすようになりました。象徴主義は、現実を超えた精神的・抽象的な世界を探求することに重点を置き、自然主義やリアリズムの限界を乗り越えようとしたのです。
4. 宗教的・哲学的探求
19世紀はまた、宗教的な問いや哲学的な探求が重要な時期でもありました。科学革命や哲学の進展により、神や宗教についての考え方が大きく変化しました。デカルトやカント、ニーチェなどの哲学者たちは、物事の本質や人間存在の意味について深く掘り下げ、存在論的な問いを投げかけました。このような哲学的探求は、象徴主義作家たちに大きな影響を与えました。彼らは、日常の現実を超えた象徴的な表現を通じて、人間の精神的な深層や不確実な世界を表現しようとしたのです。
5. 詩的表現の新たな探求
象徴主義の中心的な特徴の一つは、言葉を通じて直接的な意味を伝えるのではなく、象徴的なイメージや暗示を使って読者の想像力を刺激する点です。象徴主義の詩人たちは、従来の詩の形式や文法にとらわれることなく、言葉の響きやリズム、音の美しさを重視しました。彼らは「表現するのではなく、感じさせる」ことを目指し、詩的な言葉を使って、感覚的な印象や曖昧な感情を表現しようとしました。このような詩的表現の革新は、象徴主義が他の文学運動と異なる特徴を持つことを意味しています。
6. 文学と芸術の分野における共鳴
象徴主義は文学だけでなく、絵画や音楽など他の芸術分野にも大きな影響を与えました。特に、音楽の分野ではクロード・ドビュッシーやモーリス・ラヴェルなどが象徴主義の影響を受け、音楽を通じて感覚的な世界を表現しました。また、絵画ではギュスターヴ・モローやオディロン・ルドンなどが象徴主義的な作品を発表し、視覚芸術においても象徴的なモチーフや幻想的なイメージが多く取り入れられました。このように、象徴主義は文学の枠を超えて広がり、全体的な芸術運動としての一貫性を持っていました。
結論
象徴主義が登場した背景には、19世紀の社会・文化的な変革や、ロマン主義や自然主義に対する反発、そして哲学的な探求が深く影響しています。また、詩的な表現の革新や他の芸術分野との共鳴も、象徴主義の発展を促しました。象徴主義作家たちは、現実の表面的な描写を超えて、感覚的で精神的な世界を表現し、文学や芸術の新しい可能性を切り開いたのです。このような背景から、象徴主義は19世紀末の芸術・文学運動として、後のモダニズムへの重要な橋渡しを果たしました。