新生児や乳児との最初の数か月は、親にとって極めて重要であり、また試練の時期でもある。この時期は愛情と献身が求められる一方で、知識と理解も不可欠である。多くの親は、意図せずに乳児の健康や発達に悪影響を及ぼす行動を取ってしまうことがある。こうした行動の多くは「よかれと思って」の結果であり、情報不足や誤解に起因する場合がほとんどである。本稿では、医学的および心理学的な見地から、乳児との関わりにおける代表的な誤りを徹底的に検証し、それを避けるための実践的な指針を提供する。
1. 抱き癖を恐れて赤ちゃんをあまり抱かないことの危険性
日本においても根強く残る「抱き癖」という概念は、赤ちゃんを頻繁に抱くことでわがままになるという誤解に基づいている。しかし、近年の研究では、乳児期における身体的接触は情緒の安定、ストレス軽減、親子間の愛着形成に極めて重要であることが明らかにされている。米国小児科学会(AAP)によれば、生後6か月までの間に愛着関係が構築されることが、長期的な心理的健全性と自己肯定感の基盤になるという。

抱くことによりオキシトシンと呼ばれるホルモンが親子双方に分泌され、心身にポジティブな影響を与える。このプロセスは「感情の共鳴」として知られており、乳児の脳発達に重要な役割を果たす。したがって、「抱き癖」を理由に赤ちゃんを避けるのではなく、積極的に抱きしめ、目を見て語りかけることが推奨される。
2. 哺乳間隔を厳格に管理しすぎる
一部の育児指導書では、授乳の間隔を2〜3時間ごとに制限するよう指導されることがあるが、これは科学的根拠に欠ける場合が多い。乳児は成長の過程で一時的に「クラスター授乳」と呼ばれる頻回授乳の時期を迎える。これは特に成長スパート期(生後3週、6週、3か月頃)に顕著であり、赤ちゃんが必要とするエネルギーと栄養を確保する自然な行動である。
特に母乳育児においては、赤ちゃんの欲求に応じて授乳する「オンデマンド授乳」が推奨されており、母乳の供給量を維持する上でも不可欠である。厳格な間隔を守ろうとすることは、赤ちゃんの栄養不足や母乳量の減少を招きかねない。
3. 睡眠に関する誤ったアプローチ
乳児の睡眠に関しても、多くの誤解が存在する。代表的なものに「泣いてもすぐに対応しないほうがよい」という信念があるが、これは情緒的な信頼関係の形成を妨げる可能性がある。乳児は泣くことで不快や不安を伝えており、それに敏感に応答することが、将来的な自律的な睡眠獲得の前提条件となる。
また、安全な睡眠環境を整える上で、うつぶせ寝は突然死症候群(SIDS)のリスクを高めることが知られている。日本における過去の疫学調査(厚生労働省「乳幼児突然死症候群の予防」)でも、仰向け寝を基本とすることが最も効果的な予防策として示されている。
睡眠時の注意点 | 推奨される対応方法 |
---|---|
うつぶせ寝 | 仰向け寝を徹底する |
軟らかい寝具 | 硬めのマットレスを使用 |
添い寝の習慣 | ベビーベッドの使用を推奨 |
授乳中の寝落ち | 母親の安全な姿勢を確保 |
4. 離乳食の開始時期と内容に関する誤解
離乳食の開始は生後5〜6か月が目安とされているが、親の焦りや社会的なプレッシャーによって、早すぎる導入や過度な食品制限が行われることがある。これは赤ちゃんの消化器系や免疫系に負担をかけ、アレルギーのリスクを高める可能性がある。
世界保健機関(WHO)は、生後6か月までは完全母乳、6か月以降に多様な食材を徐々に導入することを推奨している。特にアレルゲン食品(卵・小麦・乳製品など)の導入は過度に遅らせるのではなく、医師の管理下で適切なタイミングで始めることが望ましい。
5. 衛生観念の行き過ぎによる免疫発達の妨げ
新生児期において清潔さは重要だが、過剰な殺菌や除菌行動が逆効果となることもある。いわゆる「衛生仮説」によれば、過度に清潔な環境は免疫系の自然な発達を妨げ、アレルギーや自己免疫疾患の発症リスクを高める可能性がある。
特に家庭内でのペットや自然とのふれあいは、赤ちゃんの腸内細菌叢の多様性を高め、将来的な健康を促進する効果が示唆されている(日本アレルギー学会誌、2021年)。
6. 親のストレスと感情のコントロール不足
育児に伴うストレスは避けられないが、それが赤ちゃんとの関係に影響を与えることがある。親が疲れや怒りをコントロールできない状況で赤ちゃんに接すると、無意識のうちに威圧的な態度を取ってしまう場合がある。これが積み重なることで、乳児の情緒的発達に悪影響を与える可能性がある。
特に注意すべきは「揺さぶられっ子症候群(Shaken Baby Syndrome)」であり、激しい揺さぶりは脳出血や失明、最悪の場合死亡に至ることがある。厚生労働省は、「泣いても決して赤ちゃんを揺さぶらないでください」というキャンペーンを通じて注意喚起を行っている。
ストレスを軽減するためには、周囲の支援体制の活用、育児休暇制度の利用、地域の子育て支援センターとの連携などが不可欠である。
7. スクリーンタイムの軽視
近年、スマートフォンやタブレットを利用する親が増え、それに伴い乳児にもスクリーンを見せる場面が増えている。しかし、アメリカ小児科学会は2歳未満の乳児に対しては一貫して「ノースクリーンポリシー」を推奨している。スクリーンによる刺激は過度であり、視覚・言語・社会性の発達に悪影響を与える可能性がある。
乳児期に最も重要なのは、親や周囲の大人との対面による相互作用であり、これによって言語能力や感情理解が育まれる。電子機器による「疑似交流」は、これらの発達を妨げる要因になりうる。
8. 発達の個人差を無視した比較育児
他の赤ちゃんと比較して「うちの子はまだ〇〇ができない」と過度に心配する親は少なくない。しかし、乳児の発達には大きな個人差があり、歩き始める時期や言葉を話し始めるタイミングはそれぞれ異なる。重要なのは「成長曲線の中にあるかどうか」であり、単一のスキルの早さ遅さにとらわれるべきではない。
日本小児科学会が提示する発達スクリーニング表を用い、定期健診で専門家のアドバイスを受けることが最善策である。
結論
乳児との関わりにおける誤解や思い込みは、時として重大な問題を引き起こす可能性がある。しかし、それらは情報を正しく得ることで防ぐことができる。親は完璧である必要はないが、学び続ける姿勢と、赤ちゃんの声に耳を傾ける感受性が何よりも重要である。本稿で取り上げた各項目は、単なる注意点にとどまらず、健やかな育児のための指針であり、日本の親たちがより良い子育てを行うための礎となるものである。
参考文献
-
日本小児科学会.「乳児期の発達と親の対応」2023年.
-
厚生労働省.「乳幼児突然死症候群(SIDS)の予防に関するガイドライン」2022年.
-
American Academy of Pediatrics (AAP). “Breastfeeding and the Use of Human Milk.” Pediatrics, 2022.
-
日本アレルギー学会.「衛生仮説と腸内環境」アレルギー誌 第70巻, 2021年.
-
WHO. “Infant and young child feeding.” World Health Organization, 2021.