近視(近眼)とは何か:原因、影響、予防と治療法についての包括的な解説
近視(きんし)、または医学的には「近視眼」と呼ばれるこの視覚障害は、世界中で急速に増加している視力の問題のひとつである。特に都市部に住む若年層においてその罹患率は極めて高く、視覚に関する公共衛生上の重大な課題となっている。本稿では、近視の定義から始まり、原因、発症メカニズム、症状、診断方法、進行のリスク因子、最新の研究成果、さらには予防法と治療法に至るまで、科学的根拠に基づいた情報を用いて包括的に論じていく。
近視の定義と基本的な仕組み
近視とは、遠くの物体がぼやけて見える屈折異常の一種である。これは、目に入ってきた光が網膜の手前で焦点を結んでしまうことによって生じる。正常な眼(正視眼)では、光が角膜と水晶体を通じて正確に網膜上に焦点を結ぶが、近視眼では眼軸長(角膜から網膜までの距離)が異常に長いことが主な原因である。また、水晶体や角膜の屈折力が過剰である場合にも近視が発生する。
発症の原因とリスク因子
近視の原因は複合的であり、遺伝的要因と環境的要因の両方が関与している。
1. 遺伝的要因
家族内に近視の人がいる場合、その子どもが近視になるリスクは著しく高まる。特に両親が共に近視である場合、発症率は70%以上に達するという研究結果もある。近年の遺伝学的研究では、近視に関連する200以上の遺伝子座が特定されており、それらは眼軸の成長や角膜の屈折力に関与していると考えられている。
2. 環境的要因
・近距離作業の多さ:読書、スマートフォン、タブレット、パソコンなどの使用時間が長いと近視の進行に大きく影響を与える。
・屋外活動の不足:日光に含まれる紫外線はドーパミンの分泌を促進し、眼軸の伸長を抑制する効果があるとされている。
・教育レベルの高さ:高学歴層ほど近視率が高いことが多くの疫学研究により示されている。
症状と生活への影響
近視の主な症状は「遠くのものがぼやけて見える」ことである。軽度の場合は自覚症状が少ないこともあるが、進行することで以下のような問題が生じる。
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視力の低下による学業や仕事の効率の低下
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運転やスポーツ時の視認性の悪化
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頭痛や眼精疲労
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強度近視では網膜剥離や黄斑変性などの重大な合併症のリスクがある
診断方法
近視の診断は、眼科における以下のような検査により正確に行われる。
| 検査項目 | 内容 |
|---|---|
| 視力検査 | 遠距離および近距離視力の評価 |
| 屈折検査(レフラクトメトリー) | 眼の屈折状態を機械で測定 |
| 眼軸長測定 | 超音波や光干渉断層計(OCT)で眼の長さを測定 |
| 眼底検査 | 網膜や視神経の状態を確認し、合併症の有無を確認する |
近視の分類とその重症度
近視はその重症度に応じて以下のように分類される:
| 分類 | 屈折度(D:ジオプター) | 説明 |
|---|---|---|
| 軽度近視 | -0.5D ~ -3.0D | 軽いぼやけ感、日常生活への影響は少ない |
| 中等度近視 | -3.0D ~ -6.0D | 学業・仕事に支障が出ることもある |
| 強度近視 | -6.0D 以上 | 合併症のリスクが高い |
現代社会における近視の疫学的傾向
世界保健機関(WHO)によると、2050年までに世界人口の50%以上が近視になると予測されており、特に東アジア地域ではその傾向が顕著である。日本でも小中学生における近視の割合は60%を超え、高校生では80%近くに達する。
予防法と生活習慣の改善
近視の予防には、日常生活における視環境の見直しが不可欠である。
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屋外活動の増加:1日2時間以上の屋外活動が推奨される
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読書やデジタル機器の使用におけるルール:「20-20-20ルール」(20分ごとに20フィート(約6m)先を20秒見る)
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照明の確保:適切な明るさで読書や作業を行うこと
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姿勢の改善:目と対象物との距離は30〜40cmを保つことが理想
治療法と進行抑制法
1. 屈折矯正
・眼鏡:最も一般的で安全な矯正手段。成長期の子どもにも適応可能。
・コンタクトレンズ:活動的な人や審美的理由で選ばれることが多い。
2. 進行抑制療法
| 方法 | 概要 | 効果の持続性 |
|---|---|---|
| アトロピン点眼薬 | 低濃度アトロピン(0.01〜0.05%)を就寝前に点眼 | 有効だが継続が必要 |
| オルソケラトロジー | 夜間装着型の特殊なコンタクトレンズで角膜を矯正 | 着用中のみ有効 |
| 多焦点ソフトレンズ | 中心部と周辺部で度数が異なる特殊レンズ | 一部の症例に有効 |
3. 外科的治療(成人向け)
・レーシック(LASIK):角膜を削って屈折力を調整する
・フェイキックIOL:眼内に人工レンズを挿入する手術法
いずれも視力の恒常的改善を目的とするが、近視進行の抑制には効果がないため、適応には注意が必要である。
合併症とその対策
強度近視は単なる視力低下だけでなく、以下のような眼疾患のリスクを高める。
| 合併症 | 説明 | 管理法 |
|---|---|---|
| 網膜剥離 | 網膜が裂けて剥がれる | 緊急手術が必要 |
| 緑内障 | 眼圧上昇により視神経が損傷 | 点眼薬や手術による圧管理 |
| 黄斑変性 | 網膜中心部の機能障害 | 抗VEGF療法などによる進行抑制 |
| 後部硝子体剥離 | 硝子体の退縮によって飛蚊症や閃光が現れる | 自然に治ることが多いが、検査が必要 |
近視研究の最前線
近年、AIによる眼底画像の解析や、遺伝子編集技術、光学的干渉断層計(OCT)の高度化などにより、近視の発症予測や個別化医療が可能になりつつある。さらに、LED照明の波長調整による眼軸成長制御なども研究が進められている。
結論
近視は単なる視力の問題ではなく、生涯にわたって影響を及ぼす可能性のある視覚障害である。特に成長期の子どもたちにとっては、学業や生活の質に直結するため、早期の予防と適切な管理が不可欠である。家庭、学校、医療機関が連携し、科学的根拠に基づいた対策を講じることで、近視の進行を抑え、視力の健康を守ることができる。
参考文献
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近視という視覚の課題は、私たちの生活スタイルと密接に結びついている。したがって、予防のための知識と行動が、今後の視力の未来を左右する鍵となる。
