過敏性腸症候群(IBS)およびその他の大腸疾患に関連する症状の全体像
大腸、すなわち「結腸」は、人体の消化管の中でも最も重要な役割を担う臓器の一つである。水分の吸収、電解質の調整、便の形成、そして腸内細菌との相互作用など、多岐にわたる生理的機能を果たしている。だが、この器官に機能的あるいは器質的な異常が生じた場合、全身に影響を及ぼす多彩な症状が現れることがある。以下では、過敏性腸症候群(IBS)を中心に、代表的な大腸の障害に関する症状について、包括的に解説する。

過敏性腸症候群(IBS)の症状
過敏性腸症候群は、大腸の運動および感覚に異常が見られる機能性疾患である。器質的な異常は認められないが、患者は明確な症状に悩まされる。
1. 腹痛または腹部不快感
IBSの中核的症状であり、しばしば周期的に現れる。痛みは下腹部に集中することが多く、排便によって軽減されることが多い。患者によっては、鈍痛、締め付けられるような痛み、刺すような痛みなど、様々な表現をする。
2. 排便習慣の異常
IBSは以下の3つの亜型に分類されるほど、排便の異常が特徴的である:
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便秘型(IBS-C):排便回数が週に3回未満で、硬い便や兎糞状の便を伴う。
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下痢型(IBS-D):1日に複数回の水様便あるいは軟便を伴い、緊急性を感じる。
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混合型(IBS-M):便秘と下痢を交互に繰り返す。
3. 膨満感と腹部膨張
消化ガスの貯留によるものと考えられており、多くの患者が「お腹が張る」「ズボンがきつくなる」と訴える。特に午後や夕方に顕著となる傾向がある。
4. 粘液の排出
IBSの一部の患者では、排便時に粘液を伴うことがある。これは大腸の粘膜から分泌される分泌物であり、炎症ではなく、過敏性反応の一環と考えられている。
器質的疾患との鑑別を要する症状
過敏性腸症候群と診断されるためには、他の重大な疾患(たとえば潰瘍性大腸炎、大腸がん、クローン病など)を除外する必要がある。以下の症状がある場合は、精密検査が必須である:
警告症状(赤信号) | 説明 |
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体重減少 | 意図しない急激な減量は器質的疾患を疑う所見である。 |
血便 | 赤色または黒色の便は出血のサインであり、大腸癌や炎症性疾患の可能性がある。 |
発熱 | 慢性の微熱は炎症や感染を示唆する。 |
夜間の腹痛や下痢 | 睡眠を妨げる症状はIBSには少なく、他疾患の可能性が高い。 |
貧血 | 慢性的な出血や栄養吸収障害によるものと考えられる。 |
その他の大腸の障害に関連する症状
1. 潰瘍性大腸炎およびクローン病
これらは「炎症性腸疾患(IBD)」と総称され、自己免疫的な反応により大腸および小腸に炎症を生じさせる。
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血便、粘血便
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発熱と慢性疲労
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減量と食欲不振
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関節痛や皮膚疾患などの全身症状
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貧血、ビタミンB12・鉄欠乏
2. 大腸憩室症
大腸壁に袋状の突出(憩室)が形成される疾患で、多くは無症状だが、炎症(憩室炎)が起こると以下の症状が現れる:
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左下腹部痛
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発熱
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血便(稀に)
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排便困難または頻便
3. 大腸ポリープ・大腸がん
初期は無症状であることが多く、進行とともに以下のような症状がみられる:
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便に血が混じる(鮮血またはタール便)
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排便習慣の変化(便秘と下痢の交互、細い便)
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貧血(潜血による)
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体重減少と疲労感
心因性要因と自律神経の関与
IBSをはじめとする機能性腸疾患では、精神的ストレスや不安が発症や症状悪化に密接に関与している。脳腸相関(brain-gut axis)の異常が提唱されており、次のような心理的症状が伴いやすい:
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抑うつ感、無気力
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睡眠障害
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パニック症状や不安感
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ストレス下での症状増悪
過敏性腸症候群の診断基準(Rome IV基準)
2016年に発表された「Rome IV基準」では、以下のようにIBSの診断が定義されている:
過去3か月間に、月に少なくとも1回の腹痛があり、以下のうち2項目以上を満たす:
排便によって痛みが軽減または増悪する
排便頻度の変化を伴う
便性状(硬さまたは緩さ)の変化を伴う
治療と予後
IBSおよび軽度の大腸障害に対しては、以下の対症療法が行われる:
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食事療法:FODMAP制限食、食物繊維の調整、乳糖・カフェイン・脂肪の制限など
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薬物療法:下痢止め、便秘薬、腸管運動調節剤、抗不安薬・抗うつ薬(低用量)
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心理療法:認知行動療法、リラクゼーション法、マインドフルネス療法
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プロバイオティクス:腸内細菌叢の調整
IBSは生命にかかわる疾患ではないものの、QOL(生活の質)に大きな影響を与える慢性疾患である。自己判断による治療は避け、医師の診察と適切な診断を受けることが最も重要である。
まとめ
大腸に関連する疾患は、機能的なものから炎症性、腫瘍性のものまで幅広く存在し、それに伴う症状も多彩である。IBSのような機能性障害では、器質的な異常がなくとも、顕著な身体症状と精神的負担を伴う。一方で、血便や体重減少、夜間の腹痛などは警告症状であり、直ちに精密検査が必要となる。したがって、大腸に関連するあらゆる症状は軽視せず、早期の診断と適切な治療によって、合併症の予防およびQOLの向上を目指すことが求められる。
参考文献
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日本消化器病学会. 過敏性腸症候群診療ガイドライン2020.
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Rome Foundation. Rome IV Diagnostic Criteria for Functional Gastrointestinal Disorders. 2016.
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日本大腸肛門病学会. 大腸ポリープおよび大腸がんの診療指針.
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日本消化器内視鏡学会. 大腸内視鏡検査に関するガイドライン.
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日本炎症性腸疾患学会. 潰瘍性大腸炎・クローン病診療ガイドライン.