高血圧とめまいの関係:医学的見解と包括的解析
高血圧(こうけつあつ)は、心血管系疾患の主要なリスク因子として世界中で認識されている。持続的に高い血圧は、心臓、脳、腎臓などの重要な臓器に影響を及ぼし、脳卒中や心筋梗塞などの重篤な疾患を引き起こす可能性がある。患者の多くは高血圧の症状を自覚していないことが多いが、中には「めまい(眩暈)」を訴える者も存在する。では、高血圧は本当にめまいを引き起こすのだろうか?この疑問に対して、臨床的・生理学的観点から詳細に検討していく。
高血圧とは何か
高血圧とは、動脈内の血圧が正常範囲を超えて持続的に高くなっている状態を指す。日本高血圧学会の基準によれば、診察室血圧で収縮期血圧(いわゆる上の血圧)が140mmHg以上、または拡張期血圧(下の血圧)が90mmHg以上である場合、高血圧と診断される。
高血圧は大きく以下の2種類に分類される:
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本態性高血圧(一次性高血圧):原因が明確でないが、遺伝的要因や生活習慣が関与していると考えられている。
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二次性高血圧:腎疾患、内分泌疾患、薬剤など、明確な原因が存在する。
めまいとは何か
「めまい」という症状は患者によって感じ方が異なる。以下のように分類されることが多い:
| 分類 | 内容 |
|---|---|
| 回転性めまい | 自分または周囲がぐるぐる回っているように感じる。内耳の前庭系の障害によることが多い。 |
| 浮動性めまい | ふわふわした浮遊感。脳血流障害や不安障害などが原因となる。 |
| 立ちくらみ(失神性めまい) | 血圧の急激な低下などによって脳への血流が一時的に減少し、気が遠くなるような感覚を伴う。 |
高血圧によるめまいの可能性
1. 高血圧そのものによるめまい
高血圧が直接めまいを引き起こすことは一般的には少ない。しかし、次のような場合に間接的に影響する可能性がある:
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急激な血圧上昇:高血圧性クリーゼ(収縮期血圧が180mmHgを超えるような急激な上昇)では、頭痛、めまい、吐き気などの症状が現れることがある。
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血管の硬化と脳循環障害:高血圧によって脳内の血管が硬化すると、微小な脳梗塞や慢性的な脳血流低下が生じ、それに伴って浮動性めまいが現れることがある。
2. 高血圧治療薬によるめまい
高血圧の治療薬(降圧薬)は、血圧を急激に下げることによって脳への血流が一時的に不足し、立ちくらみやめまいを引き起こすことがある。
代表的な降圧薬とめまいとの関連:
| 降圧薬の種類 | めまいとの関連性 |
|---|---|
| 利尿薬 | 血液量の減少により起立性低血圧を引き起こしやすい。 |
| カルシウム拮抗薬 | 血管拡張作用によりめまいを感じることがある。 |
| ACE阻害薬/ARB | 特に服用初期に血圧が急激に低下し、めまいを伴う可能性がある。 |
| β遮断薬 | 心拍数低下に伴う循環不全が原因でめまいが出る場合がある。 |
高血圧と他の疾患の関連:めまいとの接点
高血圧患者がめまいを感じる背景には、他の疾患が関与していることもある。
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脳血管性疾患(脳梗塞、一過性脳虚血発作):高血圧はこれらのリスク因子であり、前兆症状としてめまいを訴えることがある。
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メニエール病:内耳の疾患であり、高血圧とは直接の因果関係はないが、高血圧患者が罹患することもあり、症状として回転性めまいが出現する。
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起立性低血圧:高齢者や多剤併用の患者に多くみられ、高血圧の治療中に起こることがある。座位や臥位から立ち上がった際に血圧が急激に低下し、めまいが起こる。
臨床研究と疫学的証拠
複数の疫学研究により、高血圧とめまいとの間に統計的な関連性が示されている。例えば、2008年に発表された日本のある地域住民を対象とした研究では、収縮期血圧が160mmHg以上の被験者群において、めまいの訴えが有意に多かったことが報告された。また、アメリカ心臓協会(AHA)の文献によれば、高血圧治療中の患者における副作用として「lightheadedness(軽いめまい)」がしばしば報告されている。
診断と対応
高血圧患者がめまいを訴えた場合、医師は以下のような点に注目して診断を進める必要がある:
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めまいの性質と持続時間(回転性か、立ちくらみか、持続時間は?)
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血圧のコントロール状況
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使用中の降圧薬とその副作用の有無
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他の神経学的兆候の有無(頭痛、しびれ、視野障害など)
診断補助としては、以下の検査が用いられる:
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血圧の日内変動の測定(家庭血圧や24時間ホルター血圧)
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頭部MRIまたはCT(脳血管障害の評価)
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耳鼻科的検査(前庭機能検査)
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起立試験(起立性低血圧の評価)
予防と管理
高血圧による、あるいは高血圧と関連するめまいを予防するためには、以下のポイントが重要である。
1. 血圧の適切なコントロール
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定期的な血圧測定を行い、140/90 mmHg未満を目標とする(疾患により個別目標が設定されることもある)。
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医師の指導のもと、降圧薬を適切に調整する。
2. 生活習慣の改善
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減塩(1日6g未満)
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適度な運動(有酸素運動を週3回以上)
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禁煙と節酒
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十分な睡眠とストレス管理
3. 薬剤性めまいの予防
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服薬時間の調整(朝の服薬を避け、日中や夜間に移すなど)
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投与量の見直し
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多剤併用による副作用のモニタリング
結論
高血圧そのものが直接的にめまいを引き起こす頻度は高くないが、急激な血圧の変動、降圧薬の副作用、あるいは高血圧により引き起こされる脳血管障害などを通じて、間接的にめまいを生じることは十分にあり得る。したがって、高血圧患者がめまいを訴える場合には、単なる症状として片付けるのではなく、背後にある可能性のある病態を丁寧に評価することが求められる。医師と連携し、血圧とともに日常の体調をこまめに記録・観察することが、健康管理の要となる。
参考文献
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日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン(JSH 2019)
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American Heart Association. “Dizziness and High Blood Pressure.”
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Satoh A, et al. “Association between dizziness and hypertension in Japanese community-dwelling older adults.” Hypertens Res, 2008.
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井上正康他. 『臨床高血圧の診断と治療』, 医学書院
