アッバース朝（Abbasid Caliphate）は、750年から1258年まで存在したイスラムの歴史的な王朝で、最も栄えた時期の中心地はバグダッドでした。バグダッドは、アッバース朝の設立に際して、特にその学問、商業、文化の中心地として重要な役割を果たしました。この記事では、アッバース朝の首都バグダッドの歴史的背景、発展、そしてその後の影響について詳しく述べます。
アッバース朝の設立とバグダッドの選定
アッバース朝は、ウマイヤ朝の支配に対抗する形で設立されました。ウマイヤ朝の末期、特にカリフの権威が衰退し、地方勢力が力を持つようになった時期に、アッバース家はその権力を奪うことを目指しました。アッバース朝の創始者であるアブ・アル-アッバース（Abu al-Abbas）は、ウマイヤ朝に対する反乱を起こし、その結果、750年にウマイヤ朝を倒して新たにアッバース朝が成立しました。
バグダッドが首都に選ばれた理由は、地理的な位置、政治的な戦略、そして経済的な利点にあります。バグダッドは、ペルシャの古代都市の跡地に建設され、その位置はアジア、アフリカ、ヨーロッパを結ぶ貿易路に近いため、商業活動の中心地となり得ました。また、バグダッドはティグリス川沿いに位置し、豊かな水源が都市の発展を支えました。このような条件が揃っていたため、バグダッドはアッバース朝の首都として理想的な場所とされました。
バグダッドの発展と黄金時代
バグダッドはアッバース朝の支配下で急速に発展し、その最盛期には学問、文化、経済が非常に繁栄しました。特に、9世紀から10世紀にかけての時期は「バグダッドの黄金時代」とも呼ばれ、この都市は世界的な知識の中心として知られるようになりました。
この時期、バグダッドには数多くの学者、哲学者、医師、科学者が集まり、イスラム世界における知識の中心地となりました。特に「バイト・アル・ヒクマ（知恵の館）」は、学問と科学の発展に大きな影響を与えました。ここでは翻訳活動が盛んに行われ、ギリシャ語やペルシャ語、インドの学問がアラビア語に翻訳され、イスラム学問の基盤が築かれました。また、数学、天文学、医薬学、哲学などの分野で数多くの業績が生まれ、バグダッドは「知識の都市」として名を馳せました。
経済と商業の発展
バグダッドは商業面でも非常に重要な都市でした。ティグリス川は交易の重要な交通路として機能し、都市は陸上および水上交易のハブとなりました。また、バグダッドはアッバース朝の支配下で、アジア、アフリカ、ヨーロッパの多くの地域と交易を行い、贅沢な商品が流通しました。絹、香料、金、銀、さらには珍しい香水や宝石などが取引され、都市の富は増大しました。
さらに、バグダッドには多くの市場や商業施設が建設され、商人たちはここで活発に取引を行いました。これにより、バグダッドは中世の商業都市としても非常に重要な役割を果たしました。
バグダッドの衰退とモンゴルの侵攻
アッバース朝は、その全盛期を過ぎると次第に衰退し、内部の権力闘争や外部からの脅威に直面するようになりました。特に、サーマーン朝やセルジューク朝といった地方勢力の台頭により、バグダッドの権力は次第に弱まりました。
最も決定的な衰退の原因となったのは、モンゴル帝国の侵攻です。1258年、モンゴルのフラグ（Hulagu）率いる軍がバグダッドを攻撃し、都市は壊滅的な打撃を受けました。モンゴル軍は都市を包囲し、数ヶ月にわたる戦闘の末にバグダッドを占領しました。カリフアル・ムスタアスィム（Al-Musta’sim）は捕えられ、処刑され、アッバース朝の支配はここに終焉を迎えました。バグダッドの図書館や学問の中心地であった「知恵の館」も破壊され、多くの貴重な書物や学問が失われました。この侵攻により、バグダッドは衰退し、アッバース朝の影響力は完全に消失しました。
バグダッドの遺産
バグダッドはアッバース朝の支配下で多大な発展を遂げ、イスラム世界のみならず、全世界の学問と文化に重要な影響を与えました。今日、バグダッドはイラクの首都として再び重要な都市となっていますが、その歴史的な遺産は今も色濃く残っています。バグダッドの学問、商業、文化の発展は、後のイスラム帝国や西洋の学問体系にも大きな影響を与えました。
アッバース朝とバグダッドの関係は、イスラム世界の中でも特に輝かしいものであり、その遺産は今も多くの人々に尊敬されています。
