子どもの「しつけ」とは何か:問題行動を示す“子ども”にどう向き合うか
子どもが「わがまま」「言うことを聞かない」「落ち着きがない」などと感じられるとき、多くの親や保育者は「どうすればいいのか」と悩みます。このような子どもは俗に「子どもが“しつけにくい”」や「“手がかかる”子」として語られることがあります。しかし、こうしたラベルや印象の裏には、深い発達的・心理的な要因が隠れている可能性があります。「子どもが“しつけにくい”とはどういうことなのか?」という問いに正面から向き合うことは、子育てや教育において本質的に重要な課題です。
本稿では、いわゆる「子どもがやんちゃ」「わがまま」「反抗的」とされる行動の背景にある科学的理解と、それに対する効果的かつ人間的な対応方法を包括的に論じます。児童心理学、発達理論、神経科学、行動療法、教育社会学などの知見を活かし、子どもとの関係性を豊かに育むための実践的な方策を探ります。
1. 「わんぱく」や「やんちゃ」は問題か?
そもそも、子どもが活発に動き回る、好奇心が強い、自分の主張をはっきりと言うといった行動は、本来「健康的な成長の一部」であり、必ずしも「問題」と捉える必要はありません。幼少期において、他者との関係性のなかで自我を確立していく過程で、親や教師と衝突が起こるのは自然なことです。
しかし、その行動が継続的かつ極端であったり、他人に対する暴力、物の破壊、極端な嘘や挑発的な態度などが見られる場合、発達的な課題や環境要因が絡んでいることがあります。ここで大切なのは、子ども自身が「困っている」可能性があるという視点を持つことです。
2. 発達心理学からみた“反抗”の意義
子どもが大人の言うことに従わず、自分の意思を主張したり、ルールに逆らうような行動をとることは、多くの場合、成長のサインでもあります。エリク・エリクソンによる発達段階理論では、幼児期後半(約3〜6歳)は「自主性 対 恥・疑念」、学齢期(6〜12歳)は「勤勉性 対 劣等感」という発達課題があります。ここで子どもは自分で決定し、自立しようとする力を育みます。
この時期に過度な叱責や否定的な対応を受けると、自己効力感の低下や、反抗を通じた自己主張の強化という形で問題行動が強まる可能性があります。
3. 子どもの脳は「未完成」である:神経発達の観点
脳科学の観点から見ると、前頭前皮質(感情の制御、計画、予測などを司る)は思春期の終わり頃まで成熟しません。つまり、子どもが衝動的に行動してしまうのは「能力の問題」であり、「わざとではない」という側面が強いのです。
この視点に立てば、「叱るよりも教える」というアプローチが極めて重要になります。たとえば、公共の場で大声を出してしまった場合、「静かにしなさい!」と怒鳴るのではなく、「ここは図書館だから、みんな静かに本を読んでいるね」と状況に対する理解を促すことが、子ども自身の“社会脳”の育成に寄与します。
4. 「しつけ」の再定義:罰ではなく、学びの支援
多くの親が行う「叱る」「怒る」「無視する」といった対応は、一時的に行動を抑制するかもしれませんが、根本的な理解や改善にはつながりません。ポジティブ・ディシプリン(Positive Discipline)や認知行動療法に基づくアプローチでは、「行動の背景にある感情やニーズに焦点を当てる」ことが推奨されます。
有効なアプローチの例:
| 状況 | 従来型の対応 | 効果的な対応例 |
|---|---|---|
| 食事中に席を立ち歩く | 「座っていなさい!」 | 「今は食事の時間だね。座って食べると、体にいいんだよ」 |
| 片付けをしない | 「もう遊ばせないよ!」 | 「一緒に片付けたら、次は何して遊ぶか決めようか」 |
| 嘘をついた | 「嘘をつくなんて悪い子だ!」 | 「本当のことを言うのって勇気がいるよね。でも大事だよ」 |
このような「共感的で、教育的」な対応は、子どもの自己理解と自己調整能力を育てるうえで不可欠です。
5. 一貫性とルールの明確さ
「優しくする=甘やかす」ではありません。実際、子どもにとって最も安心できる環境とは、「一貫性のある明確なルール」が存在し、それを感情的にではなく論理的に説明してくれる大人がいる環境です。
家庭内でのルールや期待を明文化し(たとえば「寝る時間」「テレビを観る時間」「おもちゃの片付け方法」など)、それを繰り返し伝えることは、混乱を防ぎ、自己管理の基盤を作ります。
6. 「悪い子」ではなく「困っている子」
子どもが反抗的である、暴言を吐く、暴れるといった行動は、実は「適切な表現方法を知らない」ことによる代替的なサインである場合がほとんどです。
「保育園では良い子なのに、家だと大暴れする」という現象は珍しくありません。これは家庭という安心できる空間で、自分の不安やストレスを放出している証でもあります。親としては「なぜ私にはこんな態度なの?」と感じるかもしれませんが、それは逆に「信頼されているからこそ本音が出ている」とも解釈できます。
7. 発達障害・愛着障害・トラウマの可能性
もし、子どもの問題行動が長期にわたり継続し、家庭や学校生活に著しい影響を及ぼしている場合、発達障害(自閉スペクトラム症、ADHDなど)や愛着障害、過去のトラウマが関係している可能性もあります。
この場合、専門機関(児童相談所、児童精神科、発達支援センターなど)への相談が不可欠です。早期に適切な評価と支援を受けることで、本人の苦しみを軽減し、家族全体の負担を和らげることが可能になります。
8. 大人自身の自己調整力
「子どもに冷静に対応するためには、大人自身が冷静でなければならない」という事実は、育児の最重要原則ともいえます。睡眠不足、ストレス過多、社会的孤立など、大人自身の状態が影響して、感情的な対応をとってしまうことは少なくありません。
そのためにも、保護者自身のケア(睡眠・食事・ストレスマネジメント)や、周囲とのつながり(育児サロン、サポートグループ、カウンセリングなど)を大切にすることが、間接的に子どもにも良い影響を及ぼします。
9. 社会全体で支えるという視点
「問題行動」は、個人や家庭の問題として片付けるのではなく、社会全体の課題としてとらえる必要があります。子育てを孤立させず、地域、保育所、学校、行政が連携し、支援体制を整えることが求められます。
とりわけ、核家族化や共働きが進行する現代日本においては、「子育てのしにくさ」自体が問題の一因となっている可能性があります。「子どもが困っているとき、大人も一緒に悩んでくれる」という環境こそが、真の意味での“育ちの保障”と言えるでしょう。
おわりに
「子どもが言うことを聞かない」という現象の背後には、子ども自身の発達的な課題、環境的な要因、大人との関係性、そして社会的な構造が複雑に絡み合っています。そのため、「厳しくするか」「甘やかすか」という二元論では解決しません。
本稿で示したように、共感・一貫性・説明・予測可能性・支援のネットワークという五本の柱を軸に、「しつけ」とは“行動を罰すること”ではなく、“生き方を学ぶ機会”であるという視点を持つことが、次世代の健やかな育ちにとって不可欠です。
参考文献:
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エリク・H・エリクソン(Erik H. Erikson)『幼児期と社会』
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星山麻木(2021)『子どもの「困った!」行動への理解と支援』ミネルヴァ書房
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トーマス・ゴードン『親業:子どもを生かす親の知恵』
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中井久夫(2002)『子どもとトラウマ』みすず書房
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岡田尊司(2013)『愛着障害と子どもたち』光文社新書
尊敬すべき日本の読者の皆さまにとって、この文章が少しでも家庭や教育現場での実践に寄与することを願っています。
