トマトの鉄欠乏性貧血に対する効果:科学的根拠と臨床的意義
鉄欠乏性貧血は、世界中で最も一般的な栄養性疾患の一つであり、特に発展途上国において女性や子どもに多く見られる。主な原因は、鉄の摂取不足、吸収障害、出血、あるいは需要の増加(妊娠など)による鉄の欠乏である。本稿では、トマト(学名:Solanum lycopersicum)が鉄欠乏性貧血にどのように寄与するのか、科学的データに基づいて検討する。
1. トマトに含まれる栄養素と鉄代謝への関与
トマトは、ビタミンC(アスコルビン酸)、ビタミンA(β-カロテン)、葉酸、カリウム、マグネシウム、微量の鉄、リコピンなど、非常に多様な生理活性物質を含んでいる。
ビタミンCと鉄吸収の促進
非ヘム鉄(植物性食品に含まれる鉄)の吸収は、ビタミンCの存在下で大きく向上する。ビタミンCは胃酸とともに鉄を還元型に変換し、腸管での吸収を促進する。100gの生トマトには約13~23mgのビタミンCが含まれており、この量でも十分に鉄吸収の補助として機能する。例えば、鉄を多く含むホウレンソウやレンズ豆とトマトを一緒に摂取することで、非ヘム鉄の生体利用率を2倍以上にすることが複数の研究で報告されている。
葉酸の補助的役割
トマトには100gあたり15~20μgの葉酸が含まれており、葉酸は赤血球の形成に不可欠な栄養素である。葉酸不足は巨赤芽球性貧血の原因ともなるが、鉄欠乏性貧血との合併も多く、葉酸の補給は血液造血機能を支える重要な要素となる。
2. トマトのリコピンと酸化ストレスの関係
リコピンはトマトに豊富に含まれるカロテノイドであり、強力な抗酸化作用を持つ。貧血に伴う慢性的な低酸素状態は、体内の酸化ストレスを増加させ、赤血球の寿命を短縮させる。リコピンはこの酸化ストレスを軽減し、間接的に赤血球の破壊を抑制すると考えられている。
さらに、いくつかの動物実験では、リコピン投与により骨髄内の赤血球前駆細胞が増加することが報告されており、造血能の亢進との関連も示唆されている。
3. トマトの摂取方法と鉄吸収率の関係
生食 vs 加熱処理
ビタミンCは加熱によって分解されやすい性質がある一方、リコピンは加熱によって体内での吸収率が高まる。したがって、貧血予防を目的とした場合には、生のトマトと加熱調理済みのトマトの両方をバランスよく摂取することが望ましい。
| トマト加工方法 | ビタミンC含有量 | リコピン吸収率 | 推奨度 |
|---|---|---|---|
| 生食(スライス) | 高い | 低い | ◎ |
| トマトジュース | 中程度 | 中程度 | ○ |
| トマトピューレ | 低い | 高い | ○ |
| トマトソース | 低い | 高い | ○ |
4. トマトと他食品との相乗効果
トマト単体では鉄含量はそれほど高くない(100gあたり0.3mg程度)ため、鉄を多く含む食品と組み合わせることで、その効果は飛躍的に高まる。以下に相乗効果の高い組み合わせの例を示す。
| 鉄を多く含む食品 | 相乗効果を生むトマトの成分 | 摂取例(料理) |
|---|---|---|
| レンズ豆 | ビタミンC、クエン酸 | レンズ豆のトマト煮 |
| 牛レバー | リコピン、抗酸化物質 | 牛レバーのトマト炒め |
| ほうれん草 | アスコルビン酸 | トマトとほうれん草のサラダ |
| サバ缶 | リコピン、葉酸 | サバトマト煮 |
5. トマトの消化吸収と腸内環境への影響
鉄吸収には腸内環境が大きく関与しており、腸内のpHや細菌叢が影響を及ぼす。トマトに含まれる食物繊維(ペクチンなど)は腸内の善玉菌の餌となり、腸管環境の改善につながる。特に腸内フローラのバランスが整うことで、腸管での鉄吸収効率も高まることが近年の研究で明らかとなっている。
6. 科学的研究と臨床的報告
2021年に発表されたインドの栄養学研究では、トマトを日常的に摂取するグループと摂取しないグループにおける鉄欠乏性貧血の発生率を比較し、トマト摂取群では血清フェリチン値が有意に高く、ヘモグロビン値も上昇していた。また、イタリアの大学で行われた臨床試験では、トマトベースの食事を8週間継続した女性群において、赤血球数および平均血色素量(MCH)の改善が観察された。
7. 摂取上の注意と推奨される量
トマトは非常に安全な食品であるが、以下の点に注意が必要である:
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胃酸過多の人は空腹時の生トマト摂取を避ける
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カリウム制限がある腎疾患患者は過剰摂取を避ける
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**過剰な摂取(1日1kg以上)**は稀にリコペン症(皮膚が赤くなる)を引き起こす可能性がある
一般的には、1日あたり中サイズのトマト2~3個(約300~400g)の摂取が推奨される。
8. 結論:貧血予防と治療におけるトマトの可能性
トマトはそれ自体の鉄含量は少ないが、鉄吸収を高めるビタミンCや葉酸、抗酸化作用を持つリコピン、腸内環境を整える食物繊維を豊富に含む点において、鉄欠乏性貧血の予防および補助的治療において非常に有用である。
特に、植物性食品中心の食事を行う人々や、妊婦、高齢者、成長期の子どもにとって、日常的なトマト摂取は栄養的な意味で大きな利点をもたらす。今後はトマトに含まれる微量栄養素が造血機能や腸管吸収に与える影響について、さらなる臨床研究が期待される。
参考文献
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Hallberg L, Brune M, Rossander L. “The role of vitamin C in iron absorption.” Int J Vitam Nutr Res Suppl. 1989.
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Rao AV, Rao LG. “Carotenoids and human health.” Pharmacol Res. 2007.
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Saeed F et al. “Nutritional and therapeutic potential of tomatoes: A review.” Food Rev Int. 2020.
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Gupta R et al. “Effect of dietary tomato intake on iron status in adolescent girls.” Journal of Nutrition and Health Sciences. 2021.
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Bohn T. “Absorption of lycopene from single and daily consumption of tomatoes.” Eur J Clin Nutr. 2006.
キーワード:トマト、鉄欠乏性貧血、ビタミンC、リコピン、鉄吸収、葉酸、赤血球、栄養素、非ヘム鉄、抗酸化作用
