男性における精巣(睾丸)痛の原因:完全かつ包括的な医学的解説
男性の下腹部や会陰部に突如として現れる痛みの中で、特に深刻かつ注意を要するのが「精巣痛(睾丸痛)」である。精巣は、精子と男性ホルモン(テストステロン)を産生する極めて重要な臓器であり、その損傷や疾患は男性生殖機能全体に直接的な影響を及ぼす可能性がある。したがって、精巣の痛みは一時的な不快感として軽視してはならず、医学的な評価と対処が必須である。本稿では、精巣痛の主な原因、診断方法、必要な検査、治療方針について、最新の医学的知見に基づいて解説する。
1. 急性精巣痛と慢性精巣痛の分類
精巣痛は、その発症の仕方によって大きく2つに分類される。
| 種類 | 特徴 | 代表的な疾患例 |
|---|---|---|
| 急性痛 | 数時間から数日以内に急速に発症 | 精巣捻転、急性精巣上体炎、外傷 |
| 慢性痛 | 数週間以上にわたって持続 | 精巣腫瘍、精索静脈瘤、慢性精巣上体炎 |
2. 急性精巣痛の主な原因
a. 精巣捻転(Testicular Torsion)
思春期から若年成人に最も多く見られる、緊急度の高い疾患である。精巣がその支持組織である精索を軸にして捻じれることで、血流が遮断され、組織壊死を引き起こす。
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症状:突然の激しい片側の精巣痛、嘔吐、腫れ
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診断:ドプラ超音波検査による血流の評価
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治療:緊急手術(捻転解除および精巣固定術)、6時間以内が理想的
b. 急性精巣上体炎(Epididymitis)
精巣上体は精巣の後ろに位置する精子の通過経路であり、ここに細菌感染が生じると炎症を起こす。青年期以降の男性に多く、性行為感染症(特にクラミジアや淋菌)が原因となることが多い。
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症状:片側の痛み、腫脹、発熱、排尿痛
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診断:尿検査、超音波検査
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治療:抗生物質の投与、鎮痛剤、安静
c. 精巣外傷
スポーツや事故などによる直接的な打撃で、精巣内出血や断裂が起こることがある。
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症状:痛み、腫れ、皮下出血
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診断:超音波検査での内部損傷評価
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治療:軽度は保存的治療、重度は外科的処置
3. 慢性精巣痛の主な原因
a. 精索静脈瘤(Varicocele)
精巣へと血液を送り戻す静脈が異常に拡張した状態。左側に多く見られ、長時間の立位や運動後に痛みが増す傾向がある。
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症状:鈍い痛み、重だるさ、不妊の原因になることも
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診断:視診・触診、立位での超音波検査
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治療:保存的治療、もしくは手術(血管結紮術)
b. 精巣腫瘍(Testicular Tumor)
初期には痛みを伴わない場合が多いが、一部の腫瘍では成長に伴い圧迫や炎症を生じて鈍痛を感じることがある。20〜40代の男性に多く見られ、精巣が硬くなるのが特徴。
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症状:精巣の硬結、増大、鈍い痛み
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診断:超音波検査、腫瘍マーカー(AFP, hCG, LDH)
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治療:精巣摘出術、必要に応じて化学療法・放射線療法
c. 慢性精巣上体炎
急性炎症が治癒せずに慢性化した状態。繰り返す痛みや違和感が続く。
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症状:鈍痛、圧痛、腫れ
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診断:尿培養、画像診断
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治療:長期間の抗菌薬治療、生活指導
4. その他の関連原因
a. 鼠径ヘルニア
腸の一部が鼠径管を通って精巣まで脱出することで、間接的に痛みを生じる。立っていると痛みが強くなる傾向がある。
b. 腎臓や尿管からの放散痛(放散痛)
腎結石や尿路結石が精巣部へ放散痛を引き起こす場合がある。痛みの発生源は精巣そのものではないが、精巣に痛みを感じるため誤診のリスクがある。
c. 精巣の水腫・精液瘤
精巣周囲に液体が貯留する病態で、圧迫感や違和感、鈍痛を生じる。視診や触診で腫大が確認され、透光性があるのが特徴。
5. 診断に必要な検査一覧
| 検査項目 | 目的 |
|---|---|
| 視診・触診 | 腫脹、硬結、皮膚の変化などの確認 |
| 超音波検査 | 血流の有無、腫瘍や水腫の検出 |
| 尿検査 | 感染の有無を確認 |
| 血液検査 | 白血球数、炎症反応、腫瘍マーカーなど |
| MRIまたはCT | 精巣周囲の病変や腹部からの放散痛の原因を探る |
6. 精巣痛の鑑別診断の重要性
精巣痛は多様な原因から発生しうるため、問診、身体診察、画像診断を含めた的確な鑑別が非常に重要である。特に以下の2つは緊急対応が必要なため、見逃しが致命的となる。
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精巣捻転:6時間以内に手術を行わなければ精巣を失う可能性が高い。
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精巣腫瘍:早期発見が予後を大きく左右する。
7. 治療方針と予後
治療は原因に応じて異なるが、保存的治療(安静・鎮痛剤・抗菌薬)から外科的処置(捻転解除・腫瘍摘出・血管結紮)まで多岐にわたる。予後は、早期診断と適切な処置により良好であるが、精巣機能の損失や不妊に至る場合もあるため、早急な医療介入が求められる。
8. 日常生活での注意点と予防
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陰嚢部の異常感や違和感を感じたら早めに泌尿器科を受診する。
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性感染症の予防(コンドームの使用、複数パートナーとの性行為の回避)を徹底する。
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精巣自己検診を習慣化し、腫れや硬結の早期発見を心がける。
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激しいスポーツ時にはサポーターを使用し、外傷を予防する。
参考文献
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日本泌尿器科学会ガイドライン(精巣捻転・精巣腫瘍)
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Urology Journal (Elsevier) – Testicular pain differential diagnosis, 2022.
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Campbell-Walsh Urology, 12th Edition.
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厚生労働省:性感染症と泌尿生殖器感染に関する啓発資料
男性の尊厳と健康を守るためには、精巣の痛みに対する正しい知識と迅速な対応が必要不可欠である。痛みは身体からの重要な警告サインであり、それを見逃さない意識が何よりも重要である。
