その他医療トピック

睡眠中のよだれ原因

睡眠中の唾液分泌(よだれ)の原因:完全かつ包括的な科学的分析

睡眠中に唾液が口から漏れ出る「よだれ」は、多くの人が経験する現象であり、しばしば軽視されがちだが、実は身体の健康状態や神経系、口腔構造、睡眠の質など、複数の要因が複雑に関係している。この現象は医学的には「睡眠時流涎(りゅうぜん)」と呼ばれ、病的でない範囲から深刻な健康問題のサインまで、幅広い可能性を含んでいる。本記事では、睡眠中の唾液分泌の原因を科学的・医学的観点から徹底的に分析し、対処法や予防策にも言及する。


神経系の働きと唾液の制御

唾液は唾液腺(耳下腺、顎下腺、舌下腺など)から分泌され、通常は無意識のうちに嚥下(飲み込むこと)によって体内に取り込まれる。起きているときは脳幹の延髄にある嚥下中枢が活発に機能しており、唾液を定期的に処理する。しかし、睡眠中はその活動が抑制され、嚥下回数が著しく減少する。その結果、唾液が口腔内に溜まり、一定量を超えると自然に口外へ漏れ出る。

特にレム睡眠(Rapid Eye Movement Sleep)の段階では筋緊張が著しく低下し、口を閉じる筋肉の力も弱まる。この状態で横向きやうつ伏せで眠っていると、口角から唾液が漏れやすくなる。これは生理的現象であり、必ずしも異常ではないが、過剰な場合は何らかの病的要因が関与している可能性も否定できない。


睡眠中の姿勢とその影響

睡眠中の体位(姿勢)は唾液の漏出に大きな影響を及ぼす。以下に代表的な姿勢とその影響を示す。

睡眠姿勢 よだれのリスク 備考
横向き寝 高い 口が開きやすく、唾液が重力で漏れ出す
うつ伏せ 非常に高い 顔が枕に押しつけられ、唾液が外部へ漏れやすい
仰向け寝 低い 口が閉じやすく、唾液が咽頭へ流れ込みやすい

横向きやうつ伏せの姿勢は、無呼吸症候群やいびきの軽減には有効とされることがあるが、唾液の漏出に関しては不利に働く。一方、仰向け寝は唾液が口外に漏れるのを防ぐ点では有利だが、呼吸器系の閉塞を助長するリスクもあるため、一概に最適とは言えない。


鼻づまりと口呼吸の関係

鼻炎、アレルギー性鼻炎、副鼻腔炎、鼻中隔湾曲症などの鼻の問題によって鼻呼吸が困難になると、人は無意識のうちに口呼吸を行うようになる。口呼吸は口腔内の乾燥を招くだけでなく、口唇を開いたまま眠る習慣につながり、唾液が漏れやすくなる。特に慢性的な鼻閉を抱える人は、寝ている間も口を開けたままとなり、唾液が重力に従って口外へ流出する可能性が高くなる。

このような状況は、口腔内の細菌繁殖、虫歯、歯周病、口臭の原因にもなり得るため、放置することは望ましくない。


歯並びと咬合(こうごう)の異常

歯列不正や開咬(かいこう:奥歯は噛み合っているが、前歯に隙間がある状態)は、口唇が自然に閉じにくくなるため、睡眠中の唾液漏れの原因となる。特に以下のような状態は要注意である。

  • 舌の位置異常(舌突出癖、低位舌)

  • 顎の発育異常(小顎症、上顎前突など)

  • 矯正治療中の一時的な口唇閉鎖困難

これらは歯科矯正や舌の機能訓練(MFT)によって改善が可能であり、結果として唾液漏出の予防にもつながる。


神経・筋疾患と嚥下障害

パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、脳梗塞後遺症など、神経・筋系の疾患を持つ患者では、嚥下機能の低下や舌の動きの制限がみられ、唾液の処理がうまく行えなくなることがある。これにより、睡眠中に唾液が漏れやすくなる。

このようなケースでは、嚥下訓練、リハビリテーション、薬物療法(抗コリン薬など)など、医療的介入が必要になることが多い。


睡眠障害とよだれの関係

過度なストレスや不規則な生活リズムは、唾液の分泌バランスを乱す原因となる。また、睡眠時無呼吸症候群(SAS)を抱える人は、夜間の呼吸障害によって頻繁に口呼吸となり、唾液が口外へ流出しやすくなる。

一部の睡眠薬や抗うつ薬は唾液の分泌量を増加させる副作用を持ち、これもよだれの一因となり得る。


消化器系・内科的疾患との関連

胃食道逆流症(GERD)や胃酸過多などがある場合、食道への刺激が脳に伝わり、唾液腺が過剰に刺激されることがある。唾液は酸性の胃液を中和する役割を持つため、胃酸の逆流を感知すると唾液の分泌が増える。

さらに、寄生虫感染症や糖尿病などの一部の内科的疾患も、間接的に唾液の分泌異常や嚥下障害を引き起こすことが報告されている。


精神的要因と薬物の影響

緊張、不安、ストレスなどの心理的要因は、唾液の分泌量に影響を及ぼす。交感神経が優位になると、口腔内が乾燥する一方で、特定の薬物(特に抗うつ薬、抗精神病薬、一部の抗ヒスタミン薬)は逆に唾液分泌を促進することがある。

表:唾液分泌に影響を与える主な薬剤群

薬剤分類 影響
抗うつ薬(SSRI、三環系) 唾液分泌亢進または抑制
抗精神病薬 唾液分泌亢進
抗コリン薬 唾液分泌抑制(逆に口腔乾燥)
ベンゾジアゼピン系睡眠薬 筋弛緩による口唇開放

対処法と予防策

  1. 睡眠姿勢の改善:仰向けで寝ることを心がける。

  2. 鼻の通気性の確保:アレルギーや鼻閉の治療、就寝前の鼻洗浄。

  3. 口唇閉鎖訓練:MFT(口腔筋機能療法)を通じて口を閉じる力を強化。

  4. 歯列矯正:必要に応じて歯科医と相談。

  5. ストレス管理:規則正しい生活、リラクゼーション技法の導入。

  6. 医療的対応:異常が続く場合は神経内科や耳鼻科、睡眠外来の受診が必要。


結論

睡眠中の唾液漏出は、一見単純な現象に見えるが、実際には身体の複数のシステムが関与する複雑な生理現象である。健康な人でも生じうるが、慢性的で過剰な場合は病的要因が疑われ、注意が必要である。睡眠の質、呼吸、口腔構造、神経機能のいずれかに不調がある場合、唾液分泌に影響を与える可能性があるため、包括的な評価と対処が望まれる。

唾液は単なる体液ではなく、消化、免疫、口腔衛生において極めて重要な役割を果たしており、その制御メカニズムの理解は、全身の健康維持に直結するものである。したがって、睡眠中の唾液漏れを軽視せず、原因の特定と適切な対策を講じることが、質の高い睡眠と健康の保持につながる。


参考文献

  1. 藤田保健衛生大学医学部.「唾液の分泌と神経制御」臨床歯科ジャーナル, 2018年.

  2. 日本耳鼻咽喉科学会「鼻閉と口呼吸の関連性」, 2020年.

  3. 日本睡眠学会.「睡眠時無呼吸症候群と口呼吸」, 2019年.

  4. 厚生労働省 e-ヘルスネット「睡眠と健康」.

  5. 松本歯科大学「MFTと口唇閉鎖機能の評価」, 2021年.

日本の読者の皆様の健康と知識の向上に資することを心より願っている。

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