顔のたるみやシワに対する美容的な対処法として、「糸リフト(スレッドリフト)」は、メスを使わずにフェイスリフト効果を得られるとして多くの人々に注目されています。しかし、この施術は非侵襲的であるという印象とは裏腹に、合併症や副作用、長期的なリスクも少なからず存在します。本稿では、糸リフトによる顔のリフトアップにおける潜在的な危険性とその科学的根拠、症例報告に基づいたリスク、そして施術を受ける前に慎重に考慮すべき重要事項を徹底的に解説します。
糸リフトとは何か?
糸リフトとは、特殊な医療用の溶ける糸(多くはポリジオキサノン:PDO)や非吸収性糸(ポリプロピレン、ポリエステルなど)を皮膚の下に挿入し、組織を物理的に引き上げてリフトアップ効果をもたらす施術です。糸には突起(コグ)やとげがついており、皮下組織に引っかけることで肌を支え、たるみやシワを改善することが目的です。
主な合併症と副作用
1. 感染症
糸を挿入する際の衛生管理が不十分であった場合、皮下感染を引き起こすリスクがあります。感染は腫れ、赤み、熱感、膿の排出を伴い、最悪の場合、糸を取り出す必要があります。報告によれば、感染症の発症率は最大で2〜4%に及ぶとされています(Journal of Cosmetic Dermatology, 2020)。
2. 皮膚の凹凸や不自然な引きつり
糸が適切に配置されなかったり、糸の種類が皮膚の厚みに合っていなかった場合、皮膚の表面に凹凸や波打ちが生じることがあります。特に顔面中央部や口元では、笑ったときや話すときに不自然な表情となることがあり、心理的負担となります。
3. 糸の露出や移動
非吸収性の糸を用いた場合、数ヶ月から数年後に皮膚表面に糸が突き出てくる現象が報告されています。また、糸が周囲の組織に十分に固定されなかった場合、糸が移動し、左右非対称になる恐れもあります。
4. 神経損傷
顔面には多数の感覚・運動神経が走行しており、不適切な挿入深度や部位によっては一時的または永久的な神経障害を引き起こす可能性があります。特に頬骨付近や顎下の施術では、顔面神経枝への損傷が懸念されます。症状としては感覚麻痺、チクチク感、顔面の歪みなどがあります。
5. 慢性的な炎症反応
吸収性の糸であっても、体内で分解されるまでに数ヶ月を要し、その間、異物反応が起こる可能性があります。慢性的な軽度炎症が長期間持続することで、皮膚が硬化したり色素沈着が生じることもあります。特に敏感肌の人では、炎症後の色素沈着が目立つ傾向にあります。
表:主なリスクとその症状・頻度
| 合併症・副作用 | 症状 | 発生頻度(概算) |
|---|---|---|
| 感染症 | 腫れ、赤み、膿、発熱 | 約2〜4% |
| 皮膚の凹凸 | 引きつり、顔の非対称 | 約5〜10% |
| 糸の露出・移動 | 糸が皮膚から突き出る、不自然な形状 | 約1〜2% |
| 神経損傷 | 顔面麻痺、感覚喪失 | 稀(<1%) |
| 慢性炎症・アレルギー反応 | かゆみ、発赤、色素沈着 | 約3〜6% |
長期的リスクと社会的影響
1. 効果の持続性と再施術の必要性
糸リフトの効果は、吸収性糸では約6〜18ヶ月、非吸収性糸では数年持続するものの、完全な効果の持続は保証されていません。たるみが再発するたびに再施術が必要となり、累積的に皮膚への負担が増加します。再施術を繰り返すことで、皮膚の弾力が低下し、自然な老化よりもかえって老けて見えることもあります。
2. 社会的・心理的ストレス
外見への満足度が低下した場合、自己肯定感の低下や社会的不安を感じる人も少なくありません。特に表情の違和感や傷跡が目立つ場合、人前に出ることへの抵抗が強くなることがあります。美を追求するはずの施術が、逆にメンタルヘルスの悪化を招くリスクも無視できません。
3. 医療費と時間的コスト
一度施術を受けて問題が発生すると、除去手術や修正施術が必要となり、それに伴う費用と時間が増加します。保険適用外の施術であるため、すべてのコストは自己負担となります。除去手術自体も皮膚へのダメージが大きく、瘢痕形成や皮膚萎縮を招く可能性があります。
医学的視点からの考察
糸リフトは美容医療の中でも比較的新しい施術であり、長期的なデータや症例数が限定的です。2023年に発表された韓国の整形外科クリニックによる研究では、700例の糸リフト患者のうち、約12%に軽度から中等度の合併症が報告されました。また、2021年のイタリアの形成外科学会報告では、「効果の持続性に不満足を訴える患者が約25%存在する」とされており、医学的エビデンスと広告宣伝との乖離が指摘されています。
安全に施術を受けるための注意点
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施術者の資格と経験を必ず確認すること。医師免許がないエステティシャンによる施術は違法であり、リスクが高まります。
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安すぎる価格には注意が必要です。材料の質や衛生管理に問題がある可能性があります。
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施術前に十分なカウンセリングを受け、リスクと副作用について明確な説明を求めましょう。
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アレルギーや過去の皮膚トラブルの既往歴がある場合は、必ず医師に申告してください。
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必要に応じてセカンドオピニオンを取ることも有効です。
結論
糸リフトは、切開を伴わずに顔のたるみや老化に対処できる魅力的な美容手段ではありますが、それは決して「安全」「リスクなし」を意味するものではありません。合併症の可能性は実在し、身体的・心理的な負担を引き起こすこともあるため、施術を受ける際は、科学的根拠に基づいた情報収集と慎重な判断が不可欠です。美容を求めることは自然な欲求ですが、それが健康や人生の質を損なってしまっては本末転倒です。真に美しくあるためには、リスクを知り、自分自身を守る意識を持つことが最も重要なのです。
参考文献
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Lee et al., “Complications and patient satisfaction in thread lifting: a 700-case review,” Journal of Aesthetic and Plastic Surgery, 2023.
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Rossi et al., “Thread lift outcome and adverse events in 240 patients: a clinical follow-up study,” European Journal of Plastic Surgery, 2021.
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日本美容外科学会「スレッドリフト施術ガイドライン」, 2022年改訂版
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Kim YS et al., “Safety and efficacy of polydioxanone threads in facial rejuvenation,” Dermatologic Surgery, 2020.
