心理学における社会心理学は、個人とその社会環境との相互作用を探求する学問分野です。人々の思考、感情、行動が他者や社会的な状況によってどのように影響を受けるのか、またそれが集団内や社会全体にどのように作用するのかを理解しようとします。この分野は、個人と集団の関係を解明し、社会的な規範や文化、集団力学、対人関係における心理的メカニズムを探求することを目的としています。
社会心理学には数多くの理論があり、これらは人間の社会的行動の理解に重要な役割を果たしています。以下では、代表的な社会心理学の理論について詳しく解説します。
1. 集団思考理論(グループシンク)
集団思考理論は、集団の意思決定において個々のメンバーが集団の調和を重視しすぎるため、最良の決定が下されない現象を説明します。この理論は、1950年代に心理学者アーヴィング・ジャニスによって提唱されました。集団思考は、メンバーが対立を避け、意見の不一致を抑え込むことによって生じ、結果として非合理的な意思決定が行われることがあります。ジャニスは、このような状況が例えば「ケネディ大統領によるピッグス湾事件」や「チャレンジャー号の爆発事故」など、歴史的な失敗に繋がったと指摘しています。
2. 社会的交換理論
社会的交換理論は、人間の社会的行動が互恵的な交換に基づいているとする理論です。交換理論の基本的な前提は、人々は自分にとって利益があると感じる行動を選択し、負担が大きいと感じる行動を避けるというものです。この理論は、エミール・デュルケームやジョージ・ホーマンズなどの社会学者によって発展しました。個人が他者との関係を築く際に、利得とコストのバランスを取ろうとする様子を説明し、友人関係や恋愛、職場の人間関係などにおける相互作用を理解する手段として使われます。
3. 認知的不協和理論
認知的不協和理論は、1950年代にレオン・フェスティンガーによって提唱されました。この理論は、個人が自分の信念や行動が矛盾していると感じるときに生じる不快な感情(不協和)を解消しようとする心理的なプロセスを説明します。人々は、自己矛盾を避けるために、行動を変えたり、信念を調整したりすることがあります。例えば、喫煙が健康に害を及ぼすことを知っているにもかかわらず喫煙を続ける人々は、自分の行動を正当化するために「自分は少しの喫煙では死なないだろう」と考えることがあります。
4. 帰属理論
帰属理論は、人々が自分自身や他者の行動をどのように解釈するかを説明する理論です。社会心理学者ハロルド・ケリーやフリードリヒ・ハイダによって発展したこの理論では、個人が行動の原因を外的な状況に帰属するのか、それとも内的な特性に帰属するのかを調べます。たとえば、ある人が試験に失敗した場合、彼はその失敗を自分の能力不足(内的要因)と解釈することもあれば、試験が難しすぎた(外的要因)と考えることもあります。帰属の仕方は、その後の感情や行動に大きな影響を与えるため、帰属理論は社会的行動の理解において重要です。
5. 社会的アイデンティティ理論
社会的アイデンティティ理論は、個人が所属する集団がその人のアイデンティティの重要な部分を形成するとする理論です。この理論は、ヘンリー・タジフェルとジョン・ターナーによって提唱され、個人が集団に対して抱く帰属意識が、集団の間で競争や対立を引き起こすことがあると説明します。社会的アイデンティティ理論は、集団間の偏見や差別、あるいは団結感の形成に関する研究に貢献しました。たとえば、サッカーの試合で対立するサポーター間の衝突や、異なる人種・文化の間での緊張は、この理論で説明できます。
6. 社会的認知理論
社会的認知理論は、人々が他者の行動や社会的状況をどのように認識し、それに基づいて自分の行動をどう調整するかを探る理論です。この理論は、アルバート・バンデューラによって発展されました。特に「モデリング」や「観察学習」に焦点を当て、人々は他者の行動を観察し、その結果を見て学習するとしています。たとえば、子供は大人の行動を観察し、その行動を模倣することによって社会的な行動を学ぶことがあります。この理論は、教育、心理療法、さらには広告やメディアの影響を理解する際にも応用されます。
7. スタンフォード監獄実験と社会的影響
スタンフォード監獄実験(1971年)は、フィリップ・ジンバルドーによって行われた社会心理学の実験で、権威と役割が人々の行動にどれほど強い影響を与えるかを示しました。この実験では、学生が囚人と看守の役割を演じることになり、予想以上に過酷な状況に発展しました。看守役の学生は、権力を持つことが自分たちの行動に与える影響を実感し、囚人役の学生は自己尊厳を失っていく様子が観察されました。この実験は、社会的な影響力や権威がどれほど人間の行動に作用するかを示す重要な事例となっています。
結論
社会心理学は、個人が社会的な状況や他者とどのように関わり、その結果として行動がどう変化するかを理解するために不可欠な学問です。人間の社会的行動は非常に複雑で、多くの要因が相互に作用しています。社会心理学の理論や実験は、個人の思考や感情が社会的環境にどのように影響されるのかを深く掘り下げ、社会問題や人間関係を解決するための手がかりを提供しています。この分野の研究は、心理学、社会学、政治学、教育学など、さまざまな領域で重要な役割を果たしています。
