「舌を飲み込む」現象の原因とその医学的メカニズムについての包括的研究
「舌を飲み込む」という表現は、主にスポーツ中や突然の発作の際などに見られる、急性かつ潜在的に命に関わる緊急事態を指す非医学的な用語である。実際には、人間の構造上、舌そのものを完全に「飲み込む」ことは解剖学的に不可能であるが、舌の根元が後方に倒れ込み、気道(特に咽頭部)を塞ぐことによって、呼吸困難または窒息を引き起こす可能性がある。この現象は多くの場合、意識喪失を伴う神経学的、外傷性、あるいは代謝性の状態に関連して生じる。

本稿では、この現象がなぜ起こるのか、具体的な原因、リスク因子、病態生理学的背景、そして救命処置と予防策に至るまでを、現代医学に基づき包括的に論じる。
意識喪失と舌の位置の関係
舌は、主に筋肉組織から成り立ち、舌骨や下顎に付着している。意識がある状態では、筋緊張によって舌は安定した位置に保たれており、気道の確保に関して問題を起こすことはない。しかし、意識喪失が発生した場合(例えば、脳震盪、てんかん発作、重度の低血糖など)、舌の筋緊張が失われ、重力によって舌の根元が咽頭後方に落ち込み、気道を塞ぐことがある。これがいわゆる「舌を飲み込む」現象である。
主な原因
以下に、「舌を飲み込む」とされる現象を引き起こす医学的原因を分類・解説する。
1. 神経学的要因
てんかん発作(特に全身性強直間代発作)
てんかん発作中、全身の筋肉が不随意的に収縮する。発作後の弛緩状態で意識が失われ、舌が後方に落ち込むリスクが高まる。さらに、発作時に舌を噛むことがあり、それが腫脹を起こすと気道閉塞のリスクが一層増す。
脳卒中(特に脳幹部)
脳幹は呼吸や嚥下などの生命維持機能を司る。この部位に障害が起こると、筋緊張の喪失および気道保護機能の低下により、舌根の沈下が発生することがある。
外傷性脳損傷
頭部への強い衝撃により意識喪失が起こると、舌の筋肉も緩み、後方へ落ち込みやすくなる。特にスポーツや交通事故に関連して多く報告されている。
2. 外傷・物理的要因
スポーツによる外傷
サッカー、ラグビー、ボクシングなどの接触型スポーツにおいて、頭部外傷後に選手が意識を失うことがある。この時、舌の沈下による気道閉塞が問題となる。
顎の骨折や咬合障害
下顎骨の骨折により、舌の位置が不安定になり、特に仰向けの状態で後方へ倒れやすくなる。
3. 代謝性および薬理学的要因
低血糖発作
特に1型糖尿病患者に多いが、血糖値が著しく低下すると意識障害が起こり、筋緊張が失われる。
薬物中毒・アルコール中毒
中枢神経抑制剤(例:ベンゾジアゼピン、オピオイドなど)の過剰摂取やアルコール中毒によって、意識が朦朧とし、舌の筋肉の弛緩が起きる。
4. 筋疾患・神経筋疾患
筋ジストロフィーやALS(筋萎縮性側索硬化症)
これらの疾患では、進行的に舌の筋肉が萎縮・弛緩することで、仰臥位時に気道が塞がることがある。慢性的であっても、急性の悪化時に注意が必要。
病態生理学的メカニズム
「舌を飲み込む」際の主な生理学的問題は「上気道閉塞」であり、これは換気の障害につながり、重症の場合は低酸素血症、呼吸停止、心停止へと進行する。以下の図にこの機序を示す。
状態 | 経過 | 結果 |
---|---|---|
意識喪失 | 舌の筋緊張の消失 | 舌根が咽頭へ落ちる |
気道閉塞 | 空気の流入が阻害 | 呼吸困難、チアノーゼ |
酸素供給停止 | 脳・心筋への酸素供給が途絶 | 意識消失、心停止、死 |
緊急時の対応と救命処置
意識を失った人が舌根による気道閉塞を起こした際、迅速な対応が生死を分ける。主な救命処置は以下の通りである。
-
頭部後屈・顎先挙上法(Head Tilt – Chin Lift):舌根を前方に移動させ、気道を確保する基本的な手技。
-
回復体位(リカバリーポジション):仰向けでなく横向きに寝かせることで、舌が後方へ落ちるのを防ぐ。
-
口腔内の異物除去:義歯、嘔吐物、血液などによる二次的閉塞を確認し、除去する。
-
気道確保用具(エアウェイ、気管挿管など):救急医療者による処置として重要。
予防策と教育の重要性
「舌を飲み込む」ことによる事故を防ぐためには、正しい応急処置の教育が不可欠である。特に、スポーツ指導者、教師、救急隊員などは、意識消失時の初期対応を理解し、実践できるよう訓練される必要がある。また、てんかんや低血糖を起こしやすい患者には、周囲の人々が異常の前兆を把握し、速やかに対応できるようにすることが望まれる。
医学文献と研究データの紹介
この現象に関する国際的な研究も多数存在し、たとえば以下のような文献がある。
-
McDonough, P. A., & Schwab, C. W. (1993). “Airway obstruction due to the tongue in unconscious patients: the role of proper head positioning.” Journal of Emergency Medicine.
-
Yang, X. et al. (2020). “A retrospective analysis of airway obstruction caused by tongue root collapse in unconscious trauma patients.” International Journal of Clinical Emergency Medicine.
結論
「舌を飲み込む」という現象は医学的には「舌根の沈下による気道閉塞」と表現される、重大な呼吸障害を引き起こす緊急事態である。その主な原因は意識喪失に伴う筋緊張の消失であり、神経学的、外傷性、薬理学的、代謝性など多岐にわたる。正確な知識と迅速な救命処置が極めて重要であり、その普及と教育は今後の課題として社会的に取り組む必要がある。
参考文献:
-
McDonough, P. A., & Schwab, C. W. (1993). Journal of Emergency Medicine
-
Yang, X., et al. (2020). International Journal of Clinical Emergency Medicine
-
日本救急医学会. 「気道管理の基礎」
-
日本てんかん学会. 「てんかん患者の安全管理ガイドライン」
-
厚生労働省. 「スポーツにおける事故防止対策報告書」