完全血球計算(CBC:Complete Blood Count)の科学的理解と臨床的応用
完全血球計算(Complete Blood Count:CBC)は、現代の臨床検査において最も基本的かつ頻繁に使用される血液検査の一つであり、その臨床的有用性は非常に高い。CBCは、患者の全身状態、免疫応答、酸素運搬能力、出血傾向、骨髄機能など、多くの医学的判断に必要な重要情報を提供する。本稿では、CBCの各構成要素について科学的に解説し、それぞれの異常値が示唆する可能性のある疾患や病態、ならびに臨床応用に関する包括的な情報を提供する。

赤血球系の評価
CBCの中心的な構成要素の一つが赤血球(RBC)に関連するパラメータである。赤血球は酸素運搬の主役であり、その数値や性質の変化は、酸素供給能の低下、または赤血球破壊や生成異常を反映する。
赤血球数(RBC)
正常範囲:
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男性:4.7〜6.1×10⁶/μL
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女性:4.2〜5.4×10⁶/μL
赤血球数の減少は一般的に貧血を示し、鉄欠乏性貧血、再生不良性貧血、慢性腎疾患などが疑われる。一方、増加は脱水、心肺疾患、真性多血症などの可能性がある。
ヘモグロビン(Hb)
正常範囲:
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男性:13.8〜17.2 g/dL
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女性:12.1〜15.1 g/dL
ヘモグロビンは赤血球内で酸素を結合・運搬するタンパク質であり、その減少は明確な貧血の指標となる。
ヘマトクリット(Hct)
正常範囲:
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男性:40.7〜50.3%
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女性:36.1〜44.3%
Hctは血液中の赤血球の割合を示し、血液の粘稠度や酸素供給能力を間接的に反映する。
赤血球恒数(MCV, MCH, MCHC)
パラメータ | 正常範囲 | 意味 |
---|---|---|
MCV(平均赤血球容積) | 80〜100 fL | 赤血球のサイズ |
MCH(平均赤血球ヘモグロビン量) | 27〜33 pg | 赤血球1個あたりのHb量 |
MCHC(平均赤血球ヘモグロビン濃度) | 32〜36 g/dL | 赤血球内Hbの濃度 |
これらの値は貧血の分類(小球性、正球性、大球性)や原因の推定に役立つ。
白血球系の評価
白血球(WBC)は免疫系の中心的構成要素であり、感染症、炎症、アレルギー、白血病などの指標となる。
白血球数(WBC)
正常範囲:4,000〜11,000/μL
増加(白血球増多症)は感染症、炎症、ストレス、白血病などを示唆する。一方、減少(白血球減少症)は骨髄抑制、薬剤性、ウイルス感染、自己免疫疾患などが考えられる。
白血球分類(分画)
細胞型 | 正常比率 | 役割 |
---|---|---|
好中球(Neutrophils) | 40〜70% | 細菌感染に対抗 |
リンパ球(Lymphocytes) | 20〜40% | ウイルス感染、免疫応答 |
単球(Monocytes) | 2〜8% | 異物除去、抗原提示 |
好酸球(Eosinophils) | 1〜4% | アレルギー、寄生虫感染 |
好塩基球(Basophils) | 0.5〜1% | ヒスタミン放出、アレルギー反応 |
好中球の増加は細菌感染、組織壊死、急性炎症を示す。一方、リンパ球の増加はウイルス感染や慢性炎症、リンパ性白血病を示唆する。
血小板系の評価
血小板(PLT)は止血機構に不可欠な血球成分であり、出血傾向や血栓傾向の評価に必須である。
血小板数(PLT)
正常範囲:150,000〜400,000/μL
減少(血小板減少症)は出血リスクの増加を示し、特発性血小板減少性紫斑病(ITP)、骨髄異形成症候群、薬剤性、感染症などが関与する。増加は本態性血小板血症、反応性増加(炎症、感染、手術後など)がある。
平均血小板容積(MPV)
正常範囲:7.5〜11.5 fL
MPVは血小板の平均サイズを示し、骨髄での造血活動や血小板破壊の評価に用いられる。高値は若年血小板の放出を示唆し、低値は骨髄機能低下の可能性がある。
臨床応用の具体例
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鉄欠乏性貧血の診断:
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低MCV、小球性低色素性貧血
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RBC数低下、Hb・Hct低下、血小板数増加の可能性
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感染症の評価:
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細菌感染:好中球増加、左方移動(未成熟好中球出現)
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ウイルス感染:リンパ球増加
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白血病のスクリーニング:
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異常な白血球分画の増加または異形成
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血小板数の異常、貧血の併存
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出血性疾患の評価:
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血小板減少、MPVの異常
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白血球や赤血球の異常併存による骨髄疾患の鑑別
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慢性疾患による貧血:
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正球性正色素性貧血、RBC低下、炎症反応による白血球増加の併存
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検査の限界と注意点
CBCは多くの情報を提供するが、あくまでスクリーニング検査であり、単独で最終診断に至ることは少ない。例えば、赤血球数の正常値は性別や年齢、妊娠、脱水状態によって変動する。白血球数の軽度な上昇は、喫煙やストレス、運動などでも観察されるため、臨床症状との総合的判断が求められる。また、自動分析装置による異常値は偽陽性・偽陰性の可能性があるため、末梢血塗抹標本の顕微鏡検査が必要となる場面もある。
高度医療との連携
最近では、CBCデータをAIに学習させることで、白血病の予測モデルや敗血症の早期診断支援が進められている。また、遺伝子解析と組み合わせた「分子病態分類」により、CBCの数値が示す背後の機序をより深く理解する動きも進んでいる。
結論
完全血球計算(CBC)は、単なる数値の羅列ではなく、患者の全身状態を包括的に反映する臨床的コンパスである。その正確な解釈と活用は、診断精度の向上、治療方針の最適化、疾患予後の改善に直結する。今後の医療においても、CBCは電子カルテ、AI診断、分子医療との融合を通じてさらなる進化を遂げると考えられる。
参考文献
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Hoffbrand AV, Moss PAH. Essential Haematology, 7th ed. Wiley-Blackwell, 2016.
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日本臨床検査標準協議会(JCCLS)「完全血球計算に関するガイドライン」2021年版。
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Bain BJ. Blood Cells: A Practical Guide, 5th ed. Wiley-Blackwell, 2014.
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日本血液学会. 「造血器腫瘍診療ガイドライン」2022年改訂版。
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Schmaier AH, Straus DS. Hematology: Basic Principles and Practice, 7th ed. Elsevier, 2018.