肝炎ウイルスB型およびC型(HBVおよびHCV)に関する完全かつ包括的な日本語記事
はじめに
肝炎ウイルスによる感染症は、世界中の公衆衛生における重大な問題である。特にB型肝炎ウイルス(Hepatitis B Virus:HBV)およびC型肝炎ウイルス(Hepatitis C Virus:HCV)は、急性肝炎および慢性肝疾患、肝硬変、さらには肝細胞癌といった重篤な肝障害の主な原因である。両者は共に血液や体液を介して感染するが、その病態、診断、治療、予防法においていくつかの相違点が存在する。本稿では、これら二種類のウイルス性肝炎について、病因、症状、感染経路、検査法、治療法、予防策、そして社会的影響を含めて科学的に詳細に論じる。

B型肝炎ウイルス(HBV)
1. ウイルスの概要
HBVは、ヘパドナウイルス科に属するDNAウイルスであり、完全なウイルス粒子は「デーン粒子(Dane particle)」と呼ばれる。ウイルスは、感染後に肝細胞に取り込まれ、細胞核内でウイルスDNAが宿主DNAと相互作用を持ち、持続感染を引き起こす可能性がある。
2. 感染経路
HBVの感染経路は以下の通りである:
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母子感染(垂直感染):出産時に母体から新生児へ
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性的接触:感染者との性行為による体液交換
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血液曝露:注射針の使い回し、輸血、刺青、不適切な医療器具の使用など
3. 症状
感染者の約30〜50%は症状を示さないが、急性感染の場合、以下の症状が見られることがある:
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倦怠感、食欲不振、発熱、筋肉痛、関節痛
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黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)
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濃い尿、淡色便
慢性化した場合、症状が出ないまま数年にわたり肝機能障害が進行し、以下のような合併症を引き起こす:
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慢性肝炎
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肝硬変
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肝細胞癌(HCC)
4. 診断方法
HBV感染の診断には血液検査が行われる。主な検査項目は以下の通り:
検査項目 | 意義 |
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HBs抗原 | 感染の有無を判定する主要マーカー |
HBe抗原 | ウイルスの複製活性を示す |
HBV-DNA | ウイルス量の測定、治療効果の評価に使用 |
抗HBs抗体 | 免疫獲得(回復またはワクチン接種後)を示す |
5. 治療法
慢性HBV感染症に対しては以下のような治療法がある:
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核酸アナログ製剤(例:エンテカビル、テノホビル):ウイルス複製を抑制する
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インターフェロン療法:免疫系を活性化し、ウイルス排除を目指す
治療の目的はウイルスの持続的な抑制、ALTの正常化、肝線維化の進行予防、発癌リスクの低減である。
6. 予防法
HBVは予防が可能な感染症である。主な予防法は以下の通り:
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ワクチン接種:HBs抗原を用いた不活化ワクチンが有効
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母子感染防止:妊婦のHBs抗原検査、新生児へのワクチン・HBIG併用投与
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感染対策の徹底:医療従事者の手洗い、針の使い回し禁止、性行為時のコンドーム使用
C型肝炎ウイルス(HCV)
1. ウイルスの概要
HCVは、フラビウイルス科ヘパシウイルス属に属する一本鎖RNAウイルスであり、複数の遺伝子型(genotype)を持つ。変異が起こりやすく、免疫回避能が高いため、慢性感染化しやすい特徴を持つ。
2. 感染経路
HCVの主な感染経路は血液媒介である。具体的には:
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輸血(特に1990年以前の非スクリーニング時代)
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注射器の共用(薬物使用者間など)
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医療処置(滅菌不備の器具使用)
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刺青、ピアス、歯科治療(衛生管理が不十分な施設)
性的接触や母子感染も報告されているが、HBVほど頻繁ではない。
3. 症状
HCV感染の大部分は無症状である。急性感染期では軽度の倦怠感、食欲不振、軽い黄疸が見られることもあるが、多くは気づかれないまま慢性化する。慢性感染の進行により、以下のような病態が発生する:
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慢性肝炎
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肝線維化および肝硬変
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肝細胞癌
HCV感染者の約60〜70%は慢性肝炎に進行し、そのうち約20〜30%が20年以上の経過で肝硬変を発症する。
4. 診断方法
HCV感染の診断には以下の検査が行われる:
検査項目 | 意義 |
---|---|
抗HCV抗体 | 過去または現在の感染を示す初期検査 |
HCV-RNA(定量・定性) | 現在のウイルス存在とウイルス量測定 |
遺伝子型(genotyping) | 治療方針決定のための補助情報 |
ALT、AST | 肝機能の指標、炎症の程度の評価 |
5. 治療法
HCV治療は、近年の医薬品開発により劇的に進化しており、ウイルス排除(SVR:Sustained Virological Response)がほぼ100%に近づいている。現在の標準治療は以下の通り:
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直接作用型抗ウイルス薬(DAA:Direct-Acting Antivirals)
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例:ソホスブビル、レジパスビル、グラゾプレビルなど
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経口投与で12週間前後、強力な治療効果と副作用の少なさが特徴
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治療成功により、HCV感染は根治可能な疾患となっている。
6. 予防法
HCVに対するワクチンは現在存在していないため、感染予防策が重要である:
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血液曝露の防止
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医療機器の適切な消毒と単回使用
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注射器、剃刀、歯ブラシなどの共用回避
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医療従事者の標準予防策遵守
HBVおよびHCV感染の疫学と社会的影響
世界保健機関(WHO)の統計によれば、HBVは世界で約2億9千万人、HCVは約5,800万人が慢性感染している。日本においても、B型およびC型肝炎ウイルスのキャリアは合わせて約200万人以上と推定されており、肝がんによる死亡の大半がこれらのウイルス感染によるものである。
これにより、労働力の損失、医療費の増加、感染者の生活の質(QOL)の低下など、社会全体における経済的・心理的な負担も無視できない。
結論
B型およびC型肝炎ウイルスは、現代における最も重大な感染症の一つであり、適切な理解と対策が求められる。HBVはワクチンによる予防が可能であるが、C型は根治が可能となったもののワクチンが存在しないため、予防措置が中心となる。早期発見と治療によって肝硬変や肝がんといった重篤な合併症を回避することが可能であり、国レベルのスクリーニング政策、医療体制の整備、そして社会全体の啓発が必要不可欠である。
参考文献
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World Health Organization. “Hepatitis B and C.” https://www.who.int
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厚生労働省.「肝炎対策の推進について」.
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日本肝臓学会.「肝炎診療ガイドライン」.
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Terrault NA, Lok AS, et al. “Update on prevention, diagnosis, and treatment of chronic hepatitis B: AASLD 2018 Hepatitis B Guidance.”
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Feld JJ, Jacobson IM, et al. “Hepatitis C: Clinical update 2023.”