呼吸器疾患

全身性エリテマトーデスと呼吸器系

全身性エリテマトーデス(SLE:Systemic Lupus Erythematosus、いわゆる「ループス」または「紅斑性狼瘡(こうはんせいろうそう)」)は、慢性かつ自己免疫性の炎症性疾患であり、主に若年女性に多く発症します。この疾患は多臓器にわたって影響を及ぼし、その中でも特に重要なものの一つが呼吸器系です。肺、胸膜、気道、そして横隔膜にまで影響を及ぼすことがあり、進行によっては生命を脅かす合併症を引き起こすこともあります。


1. 呼吸器系への影響の全体像

紅斑性狼瘡の患者において、呼吸器症状はしばしば見逃されがちですが、実際には非常に高頻度で認められます。以下に、呼吸器系に見られる主な病態を分類して紹介します。

呼吸器病変 症状 特徴/備考
胸膜炎(しゅうまくえん) 胸痛、呼吸困難 最も頻度が高い肺合併症
ループス肺炎(急性) 発熱、咳嗽(せき)、血痰、呼吸困難 急激に進行し、高率に入院を要する
慢性間質性肺疾患 労作時の呼吸困難、乾性咳嗽 緩やかな進行、CT画像で蜂巣肺のような所見がみられる
肺高血圧症 胸痛、動悸、失神、下肢浮腫 二次性の肺高血圧で、予後が悪くなる要因の一つ
横隔膜の運動障害(ループス肺筋症候群) 呼吸困難(特に仰向けで悪化) 横隔膜の筋肉に炎症や神経障害がある
肺塞栓症・深部静脈血栓症 急な呼吸困難、胸痛、血痰 抗リン脂質抗体症候群(APS)を合併することが多い
気道病変(喉頭炎、声帯麻痺など) 嗄声(声がれ)、息苦しさ、咽頭痛 上気道への免疫性炎症により生じる

2. 胸膜炎:紅斑性狼瘡に最も頻度が高い肺合併症

紅斑性狼瘡における呼吸器系の合併症で最も多く見られるのが胸膜炎です。胸膜とは肺を包んでいる薄い膜で、この膜が炎症を起こすことにより、以下のような症状が現れます。

  • 呼吸時の鋭い胸痛(特に深呼吸や咳で増悪)

  • 胸水の貯留(胸膜腔に液体が溜まる)

  • 発熱や全身倦怠感

胸膜炎の診断には、胸部X線やCT、超音波、そして必要に応じて胸水の検査が行われます。治療は主に**ステロイド(副腎皮質ホルモン)**が中心で、重症例では免疫抑制剤の併用が必要になります。


3. ループス肺炎(急性肺炎型)

ループス肺炎は比較的稀ですが、極めて重篤な状態を引き起こす可能性があります。通常、感染症とは無関係に自己免疫的な反応により急激に肺胞が炎症を起こします。以下のような症状が現れます。

  • 高熱

  • 咳嗽(しばしば血痰を伴う)

  • 急激な呼吸困難

  • 胸部レントゲンでのびまん性浸潤影

この疾患は死亡率も高いため、迅速な診断と高用量ステロイド投与、免疫抑制剤による治療が重要です。抗生物質との鑑別が重要であり、感染症との混同がリスクとなります。


4. 慢性間質性肺疾患(ILD)

SLEにおける間質性肺疾患(ILD)は、長期的かつ持続的な炎症により肺組織の線維化(硬化)を引き起こすもので、以下の症状が特徴です。

  • 労作時の呼吸困難

  • 持続する乾性咳嗽

  • 呼吸音におけるベルクロ様ラ音

高分解能CT(HRCT)によって蜂巣肺や網状影が認められることが多く、肺機能検査でも制限性換気障害が確認されます。治療はステロイドや免疫抑制剤(アザチオプリン、ミコフェノール酸モフェチルなど)が使用されます。


5. 肺高血圧症(Pulmonary Hypertension)

SLEに起因する肺高血圧症は、心肺機能に深刻な影響を及ぼし、進行すると右心不全を引き起こします。以下の症状があります。

  • 労作時の呼吸困難

  • 胸痛、動悸

  • 浮腫(特に足)

診断には心エコーや右心カテーテル検査が必要です。治療には、**肺動脈拡張薬(プロスタサイクリン製剤、エンドセリン受容体拮抗薬など)**が使用され、加えてステロイドや免疫抑制剤の調整も行われます。


6. 横隔膜の機能障害(ループス肺筋症候群)

稀ではあるものの、横隔膜の動きが障害されることで呼吸が困難になることがあります。これはSLEによって横隔膜を支配する神経または筋肉が障害されることによるもので、特に仰向けで症状が悪化します。

  • 呼吸困難(特に臥位で増悪)

  • しゃっくり、声のかすれ

診断には動的MRIや神経伝導検査が有効で、治療にはステロイドや免疫抑制薬が使用されます。


7. 抗リン脂質抗体症候群との関連

紅斑性狼瘡と合併しやすい抗リン脂質抗体症候群(APS)では、血栓症のリスクが高まり、肺塞栓症深部静脈血栓症の原因となります。これにより突然の呼吸困難や胸痛、咳嗽などが生じ、早期の抗凝固療法が必要となります。


8. 治療と予後の最前線

呼吸器系に関わるSLEの治療は、早期診断と多職種連携が鍵です。以下のような薬物療法が状況に応じて選択されます。

  • ステロイド:急性期や活動性病変に対して

  • 免疫抑制薬:シクロフォスファミド、アザチオプリン、ミコフェノール酸モフェチル

  • 生物学的製剤:ベリムマブ、リツキシマブなど

  • 抗凝固療法:APS合併例での血栓予防

  • 肺リハビリテーション:慢性肺疾患に対する呼吸訓練


9. 臨床研究と今後の展望

近年の研究では、SLE患者における肺病変の発症機構には、インターフェロン経路の活性化や自己抗体の肺組織沈着が関与していることが明らかになってきています。また、バイオマーカーの発見や呼吸器特異的な自己抗体の同定も進められており、将来的にはより個別化された治療が期待されます。


参考文献

  1. Bertsias GK, Ioannidis JP, Aringer M, et al. “EULAR recommendations for the management of systemic lupus erythematosus with neuropsychiatric manifestations.” Ann Rheum Dis. 2010.

  2. Newton CA, Oldham JM, Ley B, et al. “Pulmonary complications of connective tissue disease.” Clin Chest Med. 2019.

  3. European League Against Rheumatism (EULAR), Guidelines for SLE-ILD Management, 2022.

  4. Tan EM, Cohen AS, Fries JF, et al. “The 1982 revised criteria for the classification of systemic lupus erythematosus.” Arthritis Rheum. 1982.


紅斑性狼瘡という疾患は、単に皮膚や関節にとどまらず、命に関わる内臓合併症を引き起こす全身性の病です。特に呼吸器系の異常は見逃されやすく、しかし早期発見・早期治療によって劇的に予後が改善される可能性を秘めています。日本の臨床現場でもこの重要性が広く認識され、より多くの患者が適切な診断とケアを受けられるような医療体制の整備が期待されます。

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