強膜炎(きょうまくえん):病態、原因、診断、治療、予後までの完全ガイド
強膜炎は、眼球の外膜である強膜(きょうまく)に炎症が生じる疾患であり、眼科領域における比較的まれではあるが、重篤な視機能障害や失明のリスクを伴う重要な病態である。強膜は角膜の外周に接続し、眼球全体を保護する堅牢な結合組織で構成されている。そのため、炎症が発生すると痛みや視力障害のみならず、全身性疾患との関連も強く疑われるケースが多く、臨床的には迅速かつ包括的な対応が求められる。
本稿では、強膜炎の病態生理、原因、分類、症状、診断方法、治療法、合併症、そして長期予後までを科学的根拠に基づき、徹底的に解説する。
強膜の解剖学と生理学
強膜は眼球の最外層を構成する白色で不透明な結合組織であり、眼球の構造的安定性を維持する役割を担う。厚さは約0.3〜1.0mmで、眼球の大部分を覆っている。血管密度は低いが、隣接する上強膜(上部の薄い血管層)やテノン嚢を通じて血流供給を受けている。痛覚神経が豊富に分布しており、炎症が生じると強い疼痛を伴うのが特徴である。
強膜炎の分類
強膜炎は臨床的に以下のように分類される。
| 分類 | 特徴 | 疼痛 | 視力障害 | 全身疾患との関連性 |
|---|---|---|---|---|
| 表在性強膜炎(上強膜炎) | 上強膜の炎症、予後良好 | 軽度 | なし | 少ない |
| 深在性強膜炎 | 強膜本体の炎症、重篤 | 強い | あり | 多い |
| 壊死性強膜炎 | 組織壊死を伴う | 極めて強い | 高頻度 | 高い |
深在性強膜炎と壊死性強膜炎は特に注意を要し、全身性自己免疫疾患や感染症に伴って発症することが多い。
強膜炎の原因
強膜炎の病因は多岐にわたるが、大きく分けて以下の3つに分類される。
自己免疫性疾患
最も多い原因であり、以下の疾患が関連していることが多い。
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関節リウマチ(Rheumatoid arthritis)
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全身性エリテマトーデス(Systemic lupus erythematosus)
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多発血管炎性肉芽腫症(Wegener肉芽腫症)
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好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(旧称:Churg-Strauss症候群)
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ベーチェット病
これらの疾患では、強膜における免疫複合体沈着や血管炎が関与し、壊死性炎症を引き起こす。
感染性強膜炎
細菌、ウイルス、真菌、寄生虫などの病原体が直接強膜に感染して炎症を生じる。
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結核(Mycobacterium tuberculosis)
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単純ヘルペスウイルス(HSV)
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帯状疱疹ウイルス(VZV)
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真菌(アスペルギルス属、カンジダ属など)
これらの感染は、外傷、眼手術後、または免疫抑制状態で起こることがある。
外傷性・術後性
強膜への直接的な物理的損傷、または眼科手術(特に白内障や緑内障手術)後に強膜炎を起こす場合がある。術後性壊死性強膜炎(Surgically induced necrotizing scleritis:SINS)は極めて重篤な合併症であり、迅速な診断と治療が必須である。
臨床症状
症状は炎症の深さと重症度によって異なる。
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疼痛:眼球深部に刺すような痛み。夜間や眼球運動時に悪化する傾向。
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発赤:深在性の場合、眼球全体に紫紅色の充血がみられる。
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視力低下:深在性・壊死性では網膜や視神経への影響が及ぶことがある。
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流涙・羞明:不快感とともに日常生活に支障をきたす。
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眼球運動障害:炎症が外眼筋に波及した場合に発現。
診断方法
正確な診断には、詳細な問診と眼科的検査が必要である。
眼科的検査
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細隙灯顕微鏡検査:炎症の深さを評価するための基本的検査。
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フルオレセイン染色:角膜障害の有無を確認。
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Bモード超音波:強膜の肥厚や内眼炎の有無を確認。
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前眼部OCT:非侵襲的に炎症範囲を可視化できる。
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MRI:外眼筋や眼窩の深部炎症評価。
全身検査
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血液検査(CRP、ESR、ANA、ANCAなど)
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胸部X線・CT:結核やサルコイドーシスの鑑別。
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自己抗体検査:リウマチ因子、抗CCP抗体、抗核抗体など。
治療法
治療は原因と重症度に応じて段階的に行われる。
薬物治療
| 種類 | 使用薬剤 | 適応例 |
|---|---|---|
| NSAIDs | インドメタシン、ケトロラック | 軽度の上強膜炎 |
| ステロイド点眼 | プレドニゾロン、フルオロメトロン | 中等度の炎症 |
| 経口ステロイド | プレドニゾロン内服 | 深在性・壊死性 |
| 免疫抑制薬 | アザチオプリン、メトトレキサート、シクロフォスファミド | 自己免疫性 |
| 抗菌薬・抗ウイルス薬 | バンコマイシン、アシクロビルなど | 感染性 |
ステロイド治療では副作用(眼圧上昇、白内障形成)に注意が必要であり、定期的な眼科フォローが必要である。
外科的治療
壊死が進行し穿孔のリスクが高い場合、強膜移植術や眼球内容除去術が適応となる場合もある。
合併症と予後
適切な治療がなされない場合、以下の合併症を招くことがある。
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角膜穿孔
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緑内障
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白内障
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網膜剥離
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眼球癒着・収縮
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視神経萎縮
壊死性強膜炎の予後は不良であり、早期診断・早期治療が視機能温存の鍵となる。特に全身性疾患との関連がある場合は、リウマチ専門医や感染症専門医との連携が重要である。
日本における疫学と課題
日本国内では強膜炎は比較的まれな疾患とされており、年間発症率に関する大規模データは乏しいが、リウマチ患者の5〜10%程度に発症がみられるという報告がある。高齢化とともに関節リウマチの罹患率が上昇する中、眼科医と内科医の連携による管理体制の強化が今後の課題である。
結論
強膜炎は単なる眼の炎症にとどまらず、全身疾患の一症状として出現することが多く、視機能に重大な影響を及ぼす可能性を秘めている。したがって、眼科医は眼局所の診断のみならず、全身状態を見極める医学的視点を持つことが不可欠である。
また、日本の医療現場では高齢者の増加や免疫抑制療法の普及により、強膜炎の診断・治療がより複雑化している。そのため、臨床現場では常に最新の医学知識と治療アルゴリズムに基づいた迅速かつ正確な対応が求められる。
参考文献
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McCluskey PJ et al. Scleritis: a review. Clin Exp Ophthalmol. 2004.
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