世界史における「新世界」とは、主にアメリカ大陸を指す。1492年、クリストファー・コロンブスによる「新大陸発見」以降、この地域は急速にヨーロッパの探検家や移民によって知られるようになった。そして現代に至るまで、「新世界」はアメリカ合衆国、カナダ、ラテンアメリカ諸国、カリブ海諸国を含む地域を意味している。本稿では、「新世界」におけるイスラム教の存在、ならびにムスリム(イスラム教徒)人口の動向や影響について、完全かつ包括的に検討する。
イスラム教と新世界
イスラム教は、7世紀にアラビア半島で成立した宗教である。当初、イスラム教は中東、北アフリカ、アジアに広がり、長い間ヨーロッパ諸国や新世界とは地理的にも文化的にも隔たった存在だった。しかし、近代以降の移民、貿易、そして奴隷貿易の歴史の中で、イスラム教は新世界にも徐々に伝わっていった。

とりわけ16世紀から19世紀にかけて、アフリカ西部からアメリカ大陸へと連行されたアフリカ人奴隷の中に、ムスリムが一定数存在していたことは歴史的に証明されている。彼らは大西洋奴隷貿易によって強制的に連れてこられたが、自由を奪われた後も、密かに信仰を守ろうと努力した。
現在の「新世界」におけるムスリム人口と国家状況
現在、「新世界」においてイスラム教を国教とする国家は存在しない。イスラム教を国家宗教として正式に規定する国は、サウジアラビア、イラン、モーリタニアなど旧世界(主にアジア、アフリカ)に集中している。一方で、新世界の多くの国では宗教の自由が保障されており、イスラム教徒も市民として自由に信仰を実践している。
以下に、主要な新世界諸国におけるムスリム人口の概況を示す。
国名 | 推定ムスリム人口 | 総人口に占める割合 |
---|---|---|
アメリカ合衆国 | 約450万人 | 約1.3% |
カナダ | 約140万人 | 約3.7% |
ブラジル | 約15万人 | 約0.07% |
アルゼンチン | 約100万人 | 約2.5% |
メキシコ | 約10万人 | 約0.08% |
ベネズエラ | 約20万人 | 約0.7% |
※データはピュー・リサーチ・センター、各国政府統計(2024年推計)を参考。
表からも明らかなように、絶対数としては存在感を持ちつつも、割合としては新世界ではまだ比較的小さな宗教的マイノリティに属する。
アメリカ合衆国におけるイスラム教の発展
アメリカ合衆国は、新世界において最も多様な宗教背景を持つ国である。イスラム教は19世紀から20世紀初頭にかけて、主に中東や南アジアからの移民によって本格的に根付いた。特に1965年の移民法改正以降、アメリカ合衆国へのムスリム移民は急増し、現在では様々な民族的背景を持つムスリムコミュニティが全国に広がっている。
また、アフリカ系アメリカ人の間でもイスラム教は一定の影響力を持っており、ネイション・オブ・イスラム(NOI)や、一般的なスンナ派・シーア派への改宗例も多く見られる。
現在では、イスラム教徒はアメリカ社会の政治、経済、学問、文化においても積極的に貢献している。イスラム教徒の下院議員も複数誕生しており、国内の多文化主義を体現する一翼を担っている。
カナダにおけるイスラム教徒の状況
カナダもまた、宗教の自由を強く保障している国であり、イスラム教徒は国内で最も急速に成長している宗教集団のひとつである。トロント、モントリオール、バンクーバーなどの都市圏には大規模なモスクやイスラム文化センターが存在し、多文化共生の一環として、ラマダン(断食月)やイード(祭日)を祝うイベントも広く行われている。
また、カナダ政府は、イスラム恐怖症(イスラモフォビア)への対策にも積極的であり、公共の場での差別防止キャンペーンや教育プログラムを推進している。
ラテンアメリカ諸国におけるムスリム人口
ラテンアメリカでは、19世紀から20世紀初頭にかけて、主にレバノン、シリア、パレスチナからの移民によってイスラム教が伝えられた。ただし、彼らの多くはキリスト教徒(主にマロン派、ギリシャ正教徒)であったため、イスラム教徒の比率は限定的である。それでも、アルゼンチン、ブラジル、ベネズエラなどには一定規模のムスリムコミュニティが存在し、モスクやイスラム学校も建設されている。
特にアルゼンチンは、南米最大のムスリム人口を擁する国とされ、首都ブエノスアイレスには大規模なイスラム文化センターも設立されている。
カリブ諸国におけるイスラム教
トリニダード・トバゴ、ガイアナ、スリナムなどカリブ地域の一部では、インド系移民によってイスラム教がもたらされた歴史がある。これらの国では、ヒンドゥー教と並び、イスラム教も地域社会に根付いており、祝祭日としてラマダン明けのイード・アル=フィトルが公式に認められている場合もある。
特にトリニダード・トバゴでは、ムスリム人口は総人口の約5%に達し、政治や経済にも一定の影響を持つに至っている。
まとめ
現代の新世界には、イスラム教を国教とする国家は存在しないものの、イスラム教徒は確実に存在し、その影響力を着実に拡大している。彼らは宗教の自由を尊重する社会の中で、文化、経済、政治、教育など多方面にわたり積極的な役割を果たしている。
新世界におけるムスリムの存在は、単なる宗教的マイノリティにとどまらず、多文化共生の重要な柱となっている。今後も移民や国際交流の進展とともに、その存在感はさらに高まるであろう。
参考文献
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Pew Research Center. “The Future of World Religions: Population Growth Projections, 2010-2050.”
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U.S. Census Bureau. “Religion and Public Life in the United States.”
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Statistics Canada. “Census 2021: Religion and Ethnocultural Diversity.”
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David L. Lewis. The Slave Trade to the Americas: Historical Perspectives.
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Encyclopaedia Britannica. “Islam in the Americas.”