新生児の健康と安全にとって、へその緒(臍帯)の適切なケアは極めて重要である。へその緒は出生時に赤ちゃんと母体をつないでいた重要な器官であり、出生後は切断され、残った部分は数日から数週間の間に自然に乾燥して脱落する。この過程において不適切なケアを行うと、感染症や合併症のリスクが高まるため、科学的根拠に基づいた正しい取り扱いが必要である。
新生児のへその緒の構造と役割
へその緒は胎児と胎盤をつなぐ管状の構造であり、主に酸素や栄養素の供給、老廃物の排出といった生命維持機能を担う。組織学的には1本の静脈と2本の動脈から構成され、それらはワルトン膠様質と呼ばれるゼラチン状の結合組織に覆われている。この構造は外部の圧力や機械的損傷から血管を保護する役割を果たしている。

出生後、臍帯はクランプによって締められ、切断される。残されたへその緒の根元部分(臍帯残端)は数日以内に乾燥し、1〜3週間以内に自然に脱落する。この過程を「臍帯脱落」と呼ぶ。
へその緒ケアの科学的意義
へその緒が脱落するまでの間、臍帯残端は感染の温床になり得るため、無菌状態を保ち、乾燥を促すケアが求められる。新生児の免疫系は未発達であり、軽微な感染でも全身に波及しやすい。そのため、臍帯由来の感染(臍炎)は新生児死亡の一因ともなる。
臍炎は、臍周囲の発赤、腫脹、膿の排出、発熱、活動性の低下などを伴う。さらに重篤な場合、敗血症や壊死性筋膜炎に進行することもあるため、適切な予防策が不可欠である。
日本における標準的なへその緒ケアの方法
日本国内の多くの産科施設や小児科では、以下のような標準的なへその緒ケアが推奨されている。
1. 乾燥を促す(ドライケア)
現在、世界保健機関(WHO)および日本小児科学会は、臍帯残端を乾燥させ、自然に脱落するまで特別な消毒を行わずに保つ「ドライケア」を推奨している。これは、過度な消毒による皮膚刺激や、常在菌のバランスの乱れを防ぐためである。
2. 清潔な状態を保つ
おむつや衣服で臍帯が覆われないようにし、空気に触れやすい状態を保つことが重要である。尿や便が付着した場合は、滅菌ガーゼや清潔な綿棒で優しく拭き取り、必要であればぬるま湯で洗浄し、完全に乾燥させる。
3. 観察と記録
毎日1回以上、臍の状態を観察し、以下のような異常所見がないかを確認することが望ましい。
観察ポイント | 正常な状態 | 異常の兆候 |
---|---|---|
色 | 茶色〜黒色 | 赤み、発赤 |
臭い | 無臭 | 不快な臭い |
分泌物 | 乾燥している | 膿、出血 |
皮膚の様子 | 健康的 | 腫脹、ただれ |
異常が認められた場合は、小児科または産科に速やかに相談することが推奨される。
脱落後のケア
へその緒が自然に脱落した後も、臍部はしばらく湿っていたり、わずかな出血を伴うことがある。この時期も引き続き観察が必要であり、以下の点に注意する。
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臍部を清潔に保つこと(必要であればぬるま湯で洗い流し、しっかり乾燥させる)
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おむつの前面を折り曲げ、臍部に触れないようにする
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出血が続く場合、または臍が突出している(臍ヘルニアの可能性)場合は医師に相談する
消毒剤の使用に関する議論
かつてはエタノールやクロルヘキシジンなどの消毒剤を用いたケアが主流であったが、近年の研究では、これらの化学薬品の使用が必ずしも感染予防に寄与しないことが示されている。むしろ、ドライケアに比べて臍帯の脱落が遅れる傾向があるという報告も存在する(Blume‐Peytavi et al., 2016)。
ただし、発展途上国や衛生状態が整っていない環境では、クロルヘキシジンの使用が新生児死亡率の低下に寄与するという研究結果もあり、地域ごとの適応が求められる。
文化的背景とケアの多様性
日本では、臍の緒を記念として保管する風習が存在し、多くの家庭で臍の緒を桐の箱に入れて保管している。これは赤ちゃんの誕生を記念する文化的な側面とともに、家族の絆の象徴とされる。
一方、文化的・宗教的背景により、へその緒を特別な儀式で埋葬する地域も存在し、それに伴いケアの方法が異なることがある。したがって、医療従事者は各家庭の信念や習慣にも配慮しながら、医学的に正しい情報を提供する必要がある。
科学的根拠に基づくケアのまとめ
以下の表は、科学的文献に基づいたへその緒ケアの推奨事項をまとめたものである。
ケア方法 | 推奨度 | 解説 |
---|---|---|
ドライケア | 高 | 皮膚刺激が少なく、自然な脱落を促す |
エタノール消毒 | 低 | 過去に一般的であったが、脱落を遅らせる可能性がある |
クロルヘキシジン使用 | 中(発展途上国では高) | 感染率の高い地域で有効 |
空気に触れさせる | 高 | 乾燥を促進し、感染を防ぐ |
おむつで覆わない | 高 | 蒸れを防ぎ、清潔を保つ |
合併症への早期対応の重要性
臍帯脱落後に臍肉芽腫(せいにくがしゅ)と呼ばれる小さな赤い腫瘤が形成されることがある。これは炎症ではなく、組織の過剰増殖によるもので、硝酸銀による焼灼や経過観察で対処される。これを放置すると感染のリスクが高まるため、医師による適切な処置が求められる。
また、臍炎の初期症状に迅速に気づき、必要に応じて抗生剤投与や入院管理が行われることが、新生児の予後を大きく左右する。
結論
へその緒のケアは新生児期における最も基本的かつ重要な衛生管理の一つである。ドライケアを中心とした科学的に裏付けられた方法で臍帯を適切に管理することで、感染症の予防、新生児の健康保持、ひいては育児の安心感にもつながる。
日本においては、文化的背景も尊重しながら、現代医学の知見を取り入れた柔軟なケアが求められる。保護者は医療機関からの指導を積極的に受け入れ、日々の観察と対応を怠らないことが、赤ちゃんの健やかな成長への第一歩である。
参考文献:
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Blume‐Peytavi, U., Hauser, M., Stamatas, G. N., Pathirana, D., & Garcia Bartels, N. (2016). Skin care practices for newborns and infants: review of the clinical evidence for best practices. Pediatric Dermatology, 33(3), 311-317.
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World Health Organization (2013). Postnatal Care of the Mother and Newborn 2013.
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日本小児科学会 新生児委員会. 「新生児の臍帯ケアに関する提言」. 2020年.
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厚生労働省. 「新生児訪問指導指針」. 2021年改訂版.