性的な健康

精巣の病気と治療

男性の健康における重要な器官:完全かつ包括的な「精巣の疾患」に関する科学的考察

精巣(こうしてい、testes)は、男性の生殖系における中心的な器官であり、精子の産生および男性ホルモン(主にテストステロン)の分泌という重要な役割を担っている。人体の解剖学的構造においては、陰嚢内に左右一対として存在し、それぞれ独立した血流と神経支配を有する。この精密な構造と機能から、精巣は様々な疾患の影響を受けやすく、放置すれば生殖能力だけでなく全身の健康にも深刻な影響を及ぼす可能性がある。

以下においては、精巣に関する代表的な疾患を、原因、症状、診断法、治療法、そして予後に至るまで、最新の医科学的知見に基づいて詳述する。


1. 精巣炎(せいそうえん)

概要:

精巣炎とは、精巣自体が炎症を起こす疾患であり、単独で発症することもあるが、しばしば副精巣炎(精巣の背面にある器官の炎症)と同時に起こる(精巣上体炎)。主に細菌感染によるものである。

原因:

  • 大腸菌などの尿路感染菌

  • 性感染症(クラミジア、淋菌)

  • ムンプスウイルス(特に思春期以降の男性における流行性耳下腺炎後)

症状:

  • 陰嚢の腫脹と発赤

  • 精巣の圧痛および強い疼痛

  • 発熱および悪寒

  • 尿道分泌物や排尿時痛(性感染による場合)

診断:

  • 尿検査および尿道スワブ培養

  • 超音波検査(精巣の腫大や血流の変化の確認)

  • 血液検査による白血球数の増加

治療:

  • 抗生物質(感染源に応じてクラリスロマイシン、セフトリアキソンなど)

  • 安静、冷却、鎮痛剤の使用

  • ウイルス性の場合は対症療法が主体

予後:
早期治療により多くは完全に治癒するが、重症例では精子産生機能の低下や不妊の原因となることもある。


2. 精巣捻転症(せいそうねんてんしょう)

概要:

精巣捻転とは、精巣が精索(血管・神経などを含む構造)ごと捻れてしまい、血流が遮断される急性疾患である。主に若年層に多く、迅速な外科的対応が求められる。

原因:

  • 明確な外傷がない場合も多い

  • 解剖学的に「鐘のようにぶら下がった精巣(bell-clapper deformity)」を有する人がリスクが高い

症状:

  • 陰嚢部の激烈な痛み

  • 腫脹と発赤

  • 吐き気や嘔吐

  • 精巣が異常な位置に触れる

診断:

  • 超音波ドプラ検査(血流の欠如を確認)

  • 触診および臨床症状

治療:

  • 緊急手術による精巣の整復および固定(固定術)

  • 放置すれば数時間以内に壊死が起き、摘出が必要になる

予後:
発症から6時間以内に整復できれば90%以上の精巣は保存可能。時間の経過とともに不可逆的な壊死のリスクが急増する。


3. 精巣腫瘍

概要:

精巣腫瘍は、主に若年〜中年男性に発症する悪性腫瘍であり、代表的なものにセミノーマ(精上皮腫)および非セミノーマがある。男性における全体の悪性腫瘍の1%未満を占めるが、15〜35歳の男性では最も頻度の高い固形がんの一つである。

原因:

  • 明確な原因は不明であるが、以下がリスク要因とされる:

    • 陰嚢内に下降しなかった停留精巣(潜在精巣)

    • 家族歴

    • 胎児期のホルモン異常

症状:

  • 精巣内に痛みのない硬い腫瘤

  • 陰嚢の腫れ

  • 精巣の重みや不快感

診断:

  • 超音波検査(腫瘍の形状と性状を確認)

  • 血清腫瘍マーカー(AFP、β-hCG、LDH)

  • CTスキャンによる転移の評価

治療:

  • 精巣摘出術(高位精巣切除術)

  • 放射線療法(主にセミノーマ)

  • 化学療法(非セミノーマを含む進行例)

予後:
化学療法の進歩により、ステージI〜IIIでも高い治癒率が得られる。セミノーマは予後良好。

腫瘍の種類 腫瘍マーカー 特徴
セミノーマ β-hCG(軽度上昇) 放射線感受性高く予後良好
非セミノーマ AFP・β-hCG上昇 若年に多く、進行早いが治療反応良好

4. 副精巣炎

概要:

副精巣(精巣上体)は、精子が成熟し蓄えられる場所であり、その炎症はしばしば急性で精巣炎と合併する。

原因:

  • 尿路感染症

  • 性感染症(クラミジア、淋菌)

症状:

  • 陰嚢の片側に限局した腫れと痛み

  • 発熱

  • 排尿障害(頻尿、排尿痛)

診断:

  • 超音波検査

  • 尿検査および病原体検出

治療:

  • 抗菌薬(原因菌に応じて選択)

  • 陰嚢の挙上と安静


5. 精巣水腫(せいそうすいしゅ)

概要:

精巣周囲に漿液が貯留する状態であり、陰嚢が腫れて柔らかくなるが、通常は痛みがない。

原因:

  • 先天性(小児に多い)

  • 感染後や外傷後の続発性

診断:

  • 透光試験(懐中電灯を当てると光が透ける)

  • 超音波による液体確認

治療:

  • 小児では自然消退する場合が多い

  • 成人では外科的切除が推奨される(陰嚢水腫切除術)


6. 精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう)

概要:

陰嚢内の静脈が拡張・蛇行する状態で、特に左側に多い。慢性的な陰嚢の不快感や、不妊症の原因となることがある。

原因:

  • 静脈弁の異常や腎静脈への逆流

  • 左腎静脈と上腸間膜動脈の間に挟まれる構造(ナッツクラッカー現象)

症状:

  • 陰嚢のだるさや重さ

  • 触れると「ミミズ様のしこり」

  • 精液所見異常(乏精子症、無精子症)

診断:

  • 触診およびバルサルバ法による増悪確認

  • 超音波検査(血流逆流の可視化)

治療:

  • 経過観察(症状軽度な場合)

  • 手術(顕微鏡下静脈結紮術、ラパロ手術など)


7. 停留精巣(ていりゅうせいそう)

概要:

出生後も精巣が陰嚢内に下降しない状態。片側性と両側性があり、特に未熟児に多い。

合併症:

  • 不妊のリスク上昇

  • 精巣腫瘍発症のリスク増加

  • 精巣捻転の危険性

治療:

  • 1歳までに自然下降がなければ手術(精巣固定術)

  • 早期対応が将来の生殖機能維持に不可欠


結語

精巣の疾患は、見過ごされがちなものも多いが、生命や将来の生活に直結する重要な疾患群である。特に若年男性にとっては、精巣捻転や腫瘍のように一刻を争う疾患も少なくない。定期的なセルフチェックと異常時の早期受診、性感染症の予防策、精巣固定手術の適切なタイミングなどが、健康な男性生殖機能の維持において鍵となる。現代医学は、精巣の疾患に対する診断と治療の手段を飛躍的に向上させており、早期の対応によってほとんどの疾患は制御可能である。


参考文献:

  1. 日本泌尿器科学会「男性生殖器の疾患ガイドライン」

  2. World Health Organization (WHO): Male reproductive health

  3. 日本泌尿器科腫瘍学会 精巣腫瘍の診療ガイドライン(最新版)

  4. Tanaka T, et al. “Testicular torsion: diagnosis and management.” Journal of Urology

  5. Fujita K, et al. “Epididymitis and orchitis.” International Journal of Urology

日本の読者の皆様にとって、本記事が生殖医療の理解と健康の維持に寄与する一助となれば幸いである。

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