胃の上部、すなわち「みぞおち」や「心窩部(しんかぶ)」と呼ばれる部分に発生する痛みは、一般的に「胃の痛み」「心窩部痛」「上腹部痛」とも呼ばれ、多くの人が一度は経験する症状である。痛みの性質は鈍痛、差し込むような痛み、焼けつくような痛みなど多様であり、その原因や重症度もさまざまである。本稿では、医学的・生活習慣的観点の双方から、胃の上部の痛みに対する包括的な治療法と予防法について詳細に解説する。
胃の上部の痛みとは何か?
胃の上部、すなわちみぞおち付近の痛みは、多くの場合、胃そのものやその周囲の臓器、神経、筋肉などに由来する。痛みの位置や性質、持続時間、悪化要因などを明確にすることで、原因の推定が可能となる。
主な原因には以下が挙げられる:
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胃潰瘍や十二指腸潰瘍
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胃食道逆流症(GERD)
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急性胃炎または慢性胃炎
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胆石症
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膵炎
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心筋梗塞(非典型的症状として)
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機能性ディスペプシア(原因不明の消化不良)
以下、これらの原因に基づく治療法と管理法を詳述する。
医学的治療法
1. 胃酸過多や胃潰瘍による痛み
胃潰瘍や十二指腸潰瘍の主要因はヘリコバクター・ピロリ菌の感染、あるいはNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)の長期使用による粘膜障害である。
主な治療法:
| 治療法の種類 | 内容 |
|---|---|
| 抗菌薬療法 | ピロリ菌の除菌(2~3種類の抗生物質+プロトンポンプ阻害薬) |
| 胃酸分泌抑制薬 | プロトンポンプ阻害薬(PPI)、H2ブロッカーなど |
| 粘膜保護剤 | スクラルファート、レバミピドなどによる胃粘膜保護 |
注意点:
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完全な除菌が行われないと再発率が高まる
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アスピリンやイブプロフェンの使用は可能な限り中止または代替薬に変更する
2. 胃食道逆流症(GERD)
GERDは、胃酸が食道に逆流することによって胸やけやみぞおちの痛みを引き起こす疾患である。
治療法:
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**PPI(プロトンポンプ阻害薬)**による胃酸分泌の抑制
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H2受容体拮抗薬
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**制酸剤(アルミニウム、マグネシウム含有)**による一時的な緩和
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食事指導と生活改善(後述)
3. 機能性ディスペプシア
検査で明確な異常がないにもかかわらず、慢性的なみぞおちの痛みや不快感がある場合は、機能性ディスペプシアと診断される。
主なアプローチ:
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PPIまたはH2ブロッカーの試験的使用
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漢方薬(六君子湯、半夏瀉心湯など)
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抗不安薬や抗うつ薬(脳腸相関の観点から有効)
4. 胆石症・膵炎
右上腹部の痛みとみぞおちの痛みが同時に起こる場合、胆石症や急性膵炎の可能性がある。これらは緊急対応を要する場合が多く、**画像診断(超音波、CT)**が必要。
治療には以下が含まれる:
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胆石症:胆嚢摘出術、溶石薬
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膵炎:絶食、点滴、鎮痛剤、抗生物質
生活習慣による管理と予防
食事の改善
| 良い食品 | 悪い食品 |
|---|---|
| 白米、うどん、豆腐、蒸し野菜 | 辛いもの、揚げ物、アルコール、コーヒー、炭酸飲料、チョコレート |
| ヨーグルト(非酸性) | トマト、柑橘類、玉ねぎ、ニンニク |
食事のポイント:
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少量ずつ、頻回に食べる
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就寝2時間前以降は食べない
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食後すぐに横にならない
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咀嚼をよくすることで消化を助ける
ストレス管理
脳と腸は密接に連携しており、ストレスが胃の機能に影響を及ぼすことが知られている。特に機能性ディスペプシアではストレスが増悪因子となる。
有効な方法:
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深呼吸や瞑想、マインドフルネス
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軽度な運動(ウォーキング、ヨガ)
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認知行動療法(CBT)
姿勢と日常動作
GERDなどでは姿勢が痛みに関与することがある。特に、前かがみやベルトで腹部を締めつけるような姿勢は逆流を促進する。
改善方法:
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食後すぐ横にならず、上半身をやや起こして休む
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高反発の枕やベッドで頭部をやや高くする
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締め付けの少ない服を着用する
禁煙・禁酒
ニコチンやアルコールは胃粘膜を傷つけ、胃酸の逆流や過剰分泌を助長する。禁煙と節酒は治療の基本方針に含まれるべきである。
民間療法と補完医療
一部の食品や漢方薬は、医学的治療の補完として役立つことがある。
効果が示唆されるもの:
| 民間療法 | 期待される効果 |
|---|---|
| キャベツ汁 | 抗潰瘍効果(ビタミンU) |
| 生姜茶 | 胃の血行促進、炎症抑制 |
| 蜂蜜 | 粘膜保護 |
| 六君子湯 | 食欲不振・胃腸虚弱の改善 |
| 安中散 | 胃酸過多の緩和、胃痛緩和 |
※ただし、自然療法も医師と相談の上で行うことが重要である。
痛みが警告サインとなる場合
以下のような症状を伴う場合は、直ちに医療機関を受診する必要がある:
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吐血(コーヒー残渣様嘔吐)
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黒色便
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強い発熱
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背中に放散する激痛
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意識消失
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血圧低下や頻脈
病院受診の目安と検査内容
みぞおちの痛みが1週間以上続く、再発を繰り返す、日常生活に支障をきたすような場合、医療機関での診断が必要である。
主な検査:
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血液検査(炎症反応、肝機能、膵酵素など)
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上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)
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腹部超音波検査
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ピロリ菌の検査
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心電図(心疾患の除外)
結論
胃の上部の痛みは、軽度な胃炎から命に関わる疾患まで、多様な原因によって引き起こされる可能性がある。自己判断に頼らず、症状に応じて早期に医師の診察を受けることが最も重要である。
その上で、再発予防や軽度の症状管理には、日々の生活習慣の見直し、適切な薬の使用、ストレス管理、そして医師との継続的な連携が必要である。
胃の健康は、全身の健康と密接に関係している。みぞおちの痛みを放置せず、体の声に耳を傾けることが、長期的な健康への第一歩である。
参考文献:
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日本消化器病学会「消化性潰瘍診療ガイドライン」
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厚生労働省 e-ヘルスネット「機能性ディスペプシア」
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日本消化器内視鏡学会「GERD診療ガイドライン」
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National Institute for Health and Care Excellence (NICE) Guidelines on dyspepsia and gastro-oesophageal reflux disease
