指導方法

記述的研究法の実践ステップ

研究における「方法論」としての記述的アプローチ(記述的研究法)の全体像と実践的ステップ

記述的研究法(Descriptive Method)は、自然科学・社会科学・人文学など多くの学問分野において広く用いられる重要な研究手法である。この方法論は、現象や事象、人間の行動、あるいは社会的構造を「ありのままに」描写・分析し、理解を深めることを目的としている。実験や操作を行わず、観察・調査・記録・分析によってデータを収集する点に特徴がある。以下では、記述的研究法の理論的枠組み、実施プロセス、使用される技法、利点と限界、さらには学術研究における応用例について詳細に論じる。


記述的研究法の定義と目的

記述的研究法は、研究対象となる現象について「現状を正確に描写すること」を中心とするアプローチである。そのため、研究者は操作変数や実験的条件を導入することなく、自然状態で観察されるデータをもとに客観的な記録を行う。目的は、現象の「ありのままの姿」を理解し、構造や関係性、頻度、傾向などを明らかにすることである。

例として、教育現場における教師の発話の頻度、生徒の態度、図書館利用率、ある地域における高齢者の生活習慣など、操作不能または倫理的に操作すべきでない対象についての調査に最適とされる。


記述的研究法の主要な特徴

  1. 非実験的手法である

     実験群と対照群を設定するような実験的研究と異なり、記述的研究は観察や調査によって得られる実際のデータに基づいて行われる。

  2. 現象の「何が」「どれだけ」「どのように」といった問いに答える

     原因や結果を検証するのではなく、現象の構造・頻度・関係を記述することに重点が置かれる。

  3. 定量的データと定性的データの両方に対応

     統計分析を通じて数値データを扱うこともあれば、インタビューや文章資料を通じて質的な分析も可能である。


記述的研究の代表的な形式

形式 説明
調査研究 アンケートや質問紙を用いて対象者から情報を収集
ケーススタディ 特定の事例を深く掘り下げて分析する方法
内容分析 書かれた文章、映像、音声などの資料を系統的に分類・分析
参与観察 研究者が対象とするコミュニティに加わり、直接観察する手法
相関研究 二つ以上の変数間の関係性(相関)を調べる

記述的研究の具体的なステップ

1. 研究課題の明確化

研究の第一歩は、「何を知りたいのか」「どの現象を描写したいのか」を明確に定めることである。この段階で適切な研究タイトルと明確な問題意識を定めることが、後の全工程に大きく影響する。

2. 理論的背景の構築

先行研究を十分に調査し、既存の知見や理論と自らの研究との関連性を明確にする。記述的研究では、この文献レビューの段階が、調査項目の設計に直結する。

3. 研究対象の決定とサンプリング

調査対象(個人、集団、資料など)を定め、必要に応じて無作為抽出や層化抽出などのサンプリング手法を用いてデータ収集対象を選定する。

4. 調査方法・手段の選定と設計

使用する調査手法(例:質問紙、インタビュー、観察記録など)を選び、それに応じて具体的な調査票や観察項目、指標などを開発する。

5. データの収集

事前にパイロット調査を実施して調査手段の妥当性を確認し、その後に本調査を実施する。記述的研究では、データの「正確性」「信頼性」が極めて重要となる。

6. データの整理と分析

収集されたデータを体系的に整理し、分析方法に応じて統計的処理(例えば度数分布、平均、中央値、標準偏差、クロス集計など)や質的コーディングを行う。

分析技法 説明
平均値・中央値の算出 特定の数値データの傾向を示す
クロス集計 二変数の関係性を見る分析方法
コーディング インタビューや文章の内容を分類・整理する

7. 結果の記述と解釈

データの傾向やパターンを詳細に記述し、仮説や研究課題に対する答えを導き出す。ただし、因果関係の断定は避け、観察結果の説明にとどめる。

8. 考察と結論の提示

研究結果を理論的枠組みに照らして考察し、得られた知見がどのような意味を持つのかを論じる。限界や今後の課題にも触れることで、研究としての完成度が高まる。


記述的研究の利点と限界

利点

  • 実際の状況を忠実に描写できる

  • 実験困難な現象(教育、福祉、文化など)に適応可能

  • 大規模なサンプルによる普遍性のある知見を提供できる

限界

  • 因果関係の証明には不向き

  • 回答者の主観や誤差に影響を受けやすい

  • データ収集の信頼性を確保するために多くの準備が必要


記述的研究法の学術的応用例

教育学における応用

日本国内の小学校における道徳教育の実施状況を記述的研究で明らかにし、地域差や教師の認識の違いを浮き彫りにした研究がある。これにより、実践の改善に向けたデータが提供された。

社会福祉領域での応用

高齢者福祉施設におけるレクリエーション活動の種類や頻度、満足度を調査することで、より効果的な支援の設計に貢献している。

医療分野での応用

特定の病状を持つ患者の生活の質(QOL)を定量的に記述し、支援プログラムの必要性や改善点を導出する研究も行われている。


記述的研究における倫理的配慮

  • 調査対象者の同意取得(インフォームド・コンセント)

  • 個人情報の保護と匿名性の確保

  • 結果の客観的報告と誇張の排除

特に、教育現場や医療機関など「弱者」を対象とする調査においては、研究倫理が極めて重要である。


おわりに

記述的研究法は、現象の理解と記録に最も適した手法のひとつであり、仮説の生成や実践への応用、政策立案の基礎資料としても重要な役割を果たす。実験的研究では把握しにくい「現場の実態」や「人間の自然な振る舞い」に光を当てることができるからこそ、教育・福祉・文化・経済など多岐にわたる分野で今なおその価値を失っていない。

現象をただ説明するだけではなく、丁寧に観察し、客観的に伝える力こそが、記述的研究法の核心である。科学的厳密さと人間的なまなざしの両立を目指すこの方法論は、今後の研究においても欠かせない存在であり続けるだろう。


参考文献

  • 田中耕司(2020)『教育研究法概論』東京大学出版会

  • 渡辺純一(2018)『社会調査のための記述的手法』有斐閣

  • 木村真(2017)「記述的研究法の意義と限界」『社会科学論集』第45巻第2号

  • 中村美智子(2019)「質的記述研究における信頼性確保の方法」『教育実践研究』第34号

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