貧血(ひんけつ、Anemia)とは何か:原因、症状、診断、治療、予防までの包括的な解説
貧血とは、血液中の赤血球またはそれに含まれるヘモグロビンの量が正常値よりも低下した状態を指す医学的な疾患である。ヘモグロビンは赤血球の主成分であり、肺で取り込んだ酸素を全身の組織に運搬する重要な役割を果たしている。したがって、ヘモグロビンの量が減少することは、組織の酸素供給能力の低下を意味し、様々な全身症状を引き起こすことにつながる。

世界保健機関(WHO)は、男性でヘモグロビン濃度が13.0g/dL未満、女性で12.0g/dL未満、妊婦では11.0g/dL未満の場合を貧血と定義している。日本国内においても、成人女性の約20%が貧血状態にあるとされ、とくに月経や妊娠に関連する鉄分の需要と供給の不均衡がその背景にある。
貧血の主な分類と原因
貧血はその発症機序や病態により、いくつかの主要なタイプに分類される。以下に代表的な分類と原因を示す。
分類 | 代表的な原因 |
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鉄欠乏性貧血 | 鉄の摂取不足、吸収不良、慢性的な出血(例:月経、消化管出血) |
巨赤芽球性貧血(ビタミンB12/葉酸欠乏) | ビタミンB12または葉酸の欠乏、胃の手術後、吸収不良症候群など |
溶血性貧血 | 自己免疫疾患、遺伝性疾患(例:鎌状赤血球症、サラセミア) |
再生不良性貧血 | 骨髄の機能不全(薬剤、放射線、ウイルス感染、自己免疫性疾患など) |
慢性疾患に伴う貧血 | がん、慢性腎疾患、リウマチなどに伴う二次性の貧血 |
鉄欠乏性貧血は最も一般的なタイプであり、全世界で最も多い栄養障害の一つである。
症状と臨床的な特徴
貧血の症状は、進行の速度、年齢、基礎疾患の有無などによって個人差があるが、以下のような共通する症状が見られる。
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全身倦怠感(疲れやすさ)
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動悸
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息切れ
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めまい
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頭痛
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顔色の悪さ(蒼白)
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集中力の低下
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冷え性
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爪の異常(スプーン状爪)
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舌の痛みやひび割れ(舌炎)
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異食症(氷や土などを食べたくなる)※特に鉄欠乏性貧血に特有
小児や妊婦、高齢者などでは特に症状が現れやすく、重度の貧血では日常生活に支障をきたすこともある。
診断と検査
貧血の診断には血液検査が不可欠である。代表的な検査項目は以下の通り。
検査項目 | 意義 |
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ヘモグロビン(Hb) | 貧血の指標として最も重要 |
赤血球数(RBC) | 赤血球の数を直接測定 |
ヘマトクリット(Ht) | 血液に占める赤血球の割合 |
平均赤血球容積(MCV) | 小球性・正球性・大球性の分類に役立つ |
フェリチン | 鉄の貯蔵量を反映。鉄欠乏の診断に重要 |
血清鉄、TIBC、UIBC | 鉄の代謝状態の把握に役立つ |
網赤血球数 | 骨髄の赤血球産生能の指標 |
ビタミンB12、葉酸 | 巨赤芽球性貧血の鑑別に重要 |
便潜血検査 | 消化管出血のスクリーニングに有用 |
必要に応じて骨髄穿刺や遺伝子検査、自己免疫検査などが行われる場合もある。
治療法とその選択
貧血の治療は、その原因に応じて大きく異なる。対症療法だけでなく、原因の根本的な解決が重要である。
鉄欠乏性貧血
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鉄剤内服(第一選択)
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鉄剤注射(吸収不良や重度貧血時)
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出血源の特定と止血(例:子宮筋腫、消化管潰瘍)
巨赤芽球性貧血
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ビタミンB12注射(経口では吸収不良があるため)
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葉酸の補給
溶血性貧血
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原因薬剤の中止
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ステロイドや免疫抑制薬(自己免疫性の場合)
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輸血
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脾臓摘出術(重症例)
再生不良性貧血
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免疫抑制療法
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造血幹細胞移植(若年者)
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成長因子製剤(エリスロポエチンなど)
慢性疾患に伴う貧血
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原疾患の治療
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エリスロポエチン製剤の使用
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鉄補充(適応を慎重に判断)
食事療法と栄養管理
栄養バランスを整えることは、貧血の予防と改善において極めて重要である。とくに鉄、ビタミンB12、葉酸の摂取が推奨される。
栄養素 | 主な食品例 |
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鉄 | 赤身の肉、レバー、魚介類、ひじき、大豆、緑黄色野菜、卵黄など |
ビタミンB12 | レバー、牛乳、チーズ、魚、卵 |
葉酸 | 緑黄色野菜(ほうれん草、ブロッコリー)、納豆、いちご、柑橘類、全粒粉パンなど |
また、鉄の吸収を助けるビタミンC(オレンジ、いちご、ピーマンなど)と一緒に摂取することで、効果的な吸収が期待できる。一方、コーヒーや紅茶に含まれるタンニンは鉄の吸収を阻害するため、食後すぐの摂取は避けるのが望ましい。
予防と生活習慣の見直し
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定期的な健康診断で早期発見
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バランスの良い食事
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月経過多の女性は婦人科受診を検討
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胃腸症状のある人は消化器科受診
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長期的な薬剤使用(NSAIDsなど)に注意
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ストレスや過労の管理も重要
とくに妊娠中の女性や成長期の子供、高齢者は貧血になりやすいため、日頃からの予防意識が不可欠である。
貧血がもたらす合併症と注意点
軽度の貧血であっても長期間放置すると、以下のような合併症を引き起こす可能性がある。
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心不全や狭心症(心臓が酸素不足に陥るため)
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認知機能の低下(特に高齢者)
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妊娠合併症(低出生体重児、早産)
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発育障害(小児)
そのため、日常的な体調変化に敏感になり、必要な検査や治療を適切なタイミングで受けることが重要である。
終わりに
貧血は単なる「疲れやすさ」や「顔色の悪さ」にとどまらず、深刻な病気のサインである可能性もある。日々の生活に支障をきたす前に、自分の身体と向き合い、早期の発見と適切な対応を心がけることが健康寿命の延伸につながる。
予防、診断、治療、そして再発防止まで、包括的な理解と実践が求められる。本記事が日本の読者の皆様の健康管理における一助となれば幸いである。
参考文献:
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厚生労働省. e-ヘルスネット「貧血」
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日本内科学会. 内科学 第11版
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World Health Organization. “Iron Deficiency Anaemia: Assessment, Prevention and Control”
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日本赤十字社. 貧血と献血
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日本小児科学会. 小児の貧血診療ガイドライン