頸部のけいれん(首のけいれん)の原因:完全かつ包括的な科学的解説
頸部のけいれん(首のけいれん)は、首の筋肉が突然かつ無意識のうちに収縮することによって起こる現象であり、多くの人にとって日常生活に支障をきたす不快な症状である。このけいれんは、数秒から数分で治まることもあれば、慢性的に繰り返すこともあり、その背景にはさまざまな医学的・神経学的・整形外科的要因が潜んでいる。本稿では、頸部けいれんの原因を多角的かつ詳細に分析し、さらに診断および治療のアプローチについても科学的根拠に基づいて述べる。
1. 筋肉系の要因
a. 筋肉疲労と過度な使用
首や肩の筋肉を過剰に使用した場合、筋線維が微細損傷を受け、その修復過程で炎症や筋収縮を引き起こすことがある。特に長時間にわたるデスクワークやスマートフォンの使用、重量物の持ち運びなどが引き金となる。
| 具体的な誘因例 | 影響する筋肉 | 症状の特徴 |
|---|---|---|
| 長時間の前傾姿勢 | 僧帽筋、胸鎖乳突筋 | 首の後ろや側面の痛みとけいれん |
| 過度の運動(重量挙げなど) | 頸板状筋、肩甲挙筋 | 鋭い痛みとこわばり |
b. 筋肉の脱水と電解質異常
水分とナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウムなどの電解質は、筋肉の収縮と弛緩を正常に行うために不可欠である。発汗、下痢、利尿剤の使用などでこれらが失われると、筋けいれんが発生しやすくなる。
2. 神経学的要因
a. 頸椎神経の圧迫(頸椎ヘルニアや狭窄症)
椎間板ヘルニアや加齢による骨棘形成、脊柱管の狭窄により、頸部の神経根が圧迫されると、首の筋肉に誤った信号が送られ、不随意な収縮が起こる。
b. ジストニア(痙性斜頸)
ジストニアは中枢神経系の障害であり、特定の筋肉群に異常な信号が送られることでけいれんを起こす。頸部に起こる場合は「痙性斜頸」と呼ばれ、首が片側に引っ張られたり、振戦(震え)を伴うことがある。これは遺伝的素因、脳外傷、あるいは原因不明の場合もある。
c. パーキンソン病や多系統萎縮症
これらの神経変性疾患でも、筋肉の緊張異常やけいれんが頸部に現れることがあり、特に夜間や安静時に悪化する傾向がある。
3. 骨格系と姿勢の問題
a. 頸椎アライメントの異常(ストレートネック)
現代社会では、スマートフォンやパソコンの長時間使用により「ストレートネック」と呼ばれる頸椎の生理的前弯が失われた状態が増加している。この異常は筋肉への負担を増大させ、けいれんの一因となる。
b. 姿勢不良
猫背や肩の巻き込み、左右非対称な身体の使い方も、特定の筋肉を慢性的に緊張させることになり、けいれんを誘発する。
4. 心因性・ストレス要因
心理的ストレスや不安、抑うつなどの心的要因が、自律神経系を介して筋肉の緊張を引き起こすことがある。特に、感情の高ぶりや睡眠不足が重なると、頸部の筋肉にけいれんや硬直が現れることがある。
5. 内科的・全身性疾患との関連
a. 甲状腺機能異常
甲状腺ホルモンは筋肉の代謝と神経伝達に重要な役割を果たすため、甲状腺機能亢進症や低下症はいずれも筋肉異常を招く可能性がある。
b. 低カルシウム血症や副甲状腺機能低下症
血清カルシウム濃度の低下は、テタニー(筋の不随意なけいれん)を引き起こし、首を含む全身にけいれんが生じることがある。
c. 感染症(破傷風など)
破傷風菌による毒素が神経終末に作用すると、全身の筋肉がけいれんを起こすが、特に首や顎の筋肉に強く現れる「開口障害」や「頸部けいれん」が初期症状となることがある。
6. 外傷や手術後の合併症
交通事故や転倒などによる頸部の打撲やむち打ち症(外傷性頸部症候群)では、軟部組織や神経の損傷により、筋肉が過剰に収縮する反応が起きることがある。これが慢性化すると、筋肉の防御性けいれんとして定着してしまうこともある。
7. 薬剤誘発性のけいれん
一部の向精神薬(特に抗精神病薬や制吐剤など)には、錐体外路症状として筋けいれんやジストニアを引き起こす副作用が知られている。特に薬剤開始後数日以内に起こる急性ジストニアでは、首の後ろの筋肉に異常な収縮が見られる。
8. 原因不明の突発性けいれん(良性の場合もあり)
特定の原因が明らかでない頸部けいれんも存在し、これらは「良性筋けいれん」とされ、時間とともに自然に消失することが多い。ただし、頻繁に起こる場合や、他の症状(発熱、しびれ、筋力低下など)を伴う場合は精密検査が必要である。
診断方法と検査
頸部けいれんの診断には以下のような検査が有効である:
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神経学的評価(反射、筋力、感覚テスト)
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画像検査(MRIやCTによる頸椎や脳の評価)
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血液検査(電解質、甲状腺機能、感染指標)
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筋電図(EMG)(筋肉と神経の電気的活動の解析)
治療と管理
| 治療法 | 主な目的 | 適応例 |
|---|---|---|
| 筋弛緩薬・NSAIDs | 筋肉の緊張を和らげる | 急性の筋肉疲労や炎症 |
| ボツリヌス毒素注射 | 過活動筋の制御 | 痙性斜頸、ジストニア |
| 理学療法 | 姿勢矯正、筋バランスの改善 | ストレートネック、慢性疲労 |
| 電解質補充 | 筋機能の正常化 | 脱水、電解質異常 |
| 精神療法・認知行動療法 | ストレス管理 | 心因性けいれん |
| 神経ブロック・手術 | 難治性の神経圧迫 | 頸椎ヘルニアなど |
結論
頸部のけいれんは単なる筋肉のトラブルではなく、神経系、骨格、ホルモンバランス、心理的要因など、全身的な影響を反映する重要なシグナルである。単発的なものであれば大きな問題はないことが多いが、繰り返すけいれんや長時間持続する症状、痛みや他の神経症状を伴う場合は、放置せず専門医の診断を受けるべきである。正確な診断と適切な治療介入により、頸部けいれんの多くは改善可能である。
参考文献:
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Tsui JK. Botulinum toxin as a treatment for focal dystonia. Can J Neurol Sci. 1991.
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Matsumoto S. Clinical and neurophysiological characteristics of cervical dystonia. Rinsho Shinkeigaku. 2015.
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日本整形外科学会. 頸椎症および関連疾患ガイドライン. 2019年版.
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厚生労働省:破傷風予防と治療に関する手引き(2021年改訂版).
